ウロボロスの王冠と翼 第四十一話
モットラは話が終わると、自警団の仕事もあるので、と帰っていった。観光中ではあったが、事件に巻き込まれたので無視するわけにはいかないそうだ。
彼を門の外まで見送っていると、入れ替わる様にシルベストレ家の使用人のアニバルが現れた。彼らが独自で行った調査では、古典派の中でさらに分裂した派閥がわかったそうだ。古典派の錬金術師たちは神秘派と広啓派と言うものに分裂したらしい。
それを聞いて俺はオージーとアンネリの結婚パーティーで女神の言葉をふいに思い出した。「不思議よね、縁って。広啓派と神秘派が結ばれるなんて」とほとんどボヤキに近かったが、その後女神はアンネリに思い切り口づけをしたのでよく覚えている。
それは、オージーとアンネリ、どちらかがどちらかの派閥と言うことだ。しかし、二人はそれら派閥を全く知らない様子がある。つまり、彼ら自身が具体的にどちらかの主義主張を正当と考え派閥に属しているわけではなく、彼らの親類かもしくは祖先がそうだったのだろう。
双子の誘拐はただの身代金などが目当てではないということか。二つの派閥に双子。嫌な予感がする。
そして、アニバルは行方不明になった使用人に関しては何も言うことはなく帰っていった。
捜査にあまり進展はなく、あっという間に時間は経ってしまいアニバルが帰ったころには夕方になってしまった。
アンネリはテーブルに肘をつき、オージーは頭を抱え、俺はため息をこぼしていた。ティルナはその姿にあわあわきょろきょろと俺たちを見回しては困惑していた。あまりの達成感のなさと疲労でへたり込んでいたのだ。それぞれが別々の方向に視線を飛ばして合わそうとせず、話をする余裕もなくなっていた。
しかし、そんな重たくなった空気を切り裂くかのようにルカスから連絡が入った。応答をティルナに任せて、椅子の背もたれに寄りかかった。それに応答してくれたティルナを目だけで追うと、うんうんと頷く彼女の姿が見えて、同時に妙に元気のいい声がキューディラから聞こえてきた。
どうやらブエナフエンテ家でパーティーをやるらしく、それに招待されたようだ。彼の娘二人と息子が帰郷し、せっかくなら遠方の客人ももてなそうということらしい。
正直、面倒くさいし、そんなことしていいのだろうかと悩んだ。だが協力してもらっている手前、顔だけは出さなければ。だらだらと動き出して準備をした後、カルデロン別宅から彼の家には自分の足で行ったことがあるので短距離移動魔法を使って彼の家の玄関先まで移動することにした。
ポータルを開くと「うおっ」と中高年の男性の野太い悲鳴が聞こえた。開いた目の前には驚いた様子のルカスがいたのだ。玄関先でいまかいまかと待ち構えていたのだろうか。出てきたのが俺たちだと分かると、両手を挙げて歓迎してきた。そして疲れた様子の俺たちを見るや、コーヒーを飲めばたちまち回復だ! と言って、肩をぐいぐいと押すように家に招き入れた。ドアが開くと卵の焼ける匂いと切ったばかりの食材の生っぽい匂いがふわりとした。
以前話し合いをしたテーブルに案内され、そこに着くと彼の家族が全員座っていた。俺たちが入ってくると全員が立ち上がり、一人ずつ紹介された。ルカスの妻であるパウラ夫人と二人の娘と一人の息子たちだ。三人とも自治領外の学校に通っているらしい。
うち一人は長女で錬金術師のラウラ、もう一人は二女で魔法使いのローサ。二つ違いだが身長は同じくらいだ。二人ともエノレアらしい。ということはアニエスの後輩にあたる。そして、魔法の素質はないが優秀な三男のルシアノだ。
ルカスの考えでは、将来的にルシアノに家を継がせる予定らしい。三人とも古典復興運動の影響を受けて休校になり、寮も追い出されて帰ってきたそうだ。それぞれに一言ずつ程の自己紹介が終わると早速食事が始まり、テーブルには大皿料理が運ばれてきた。黄色いサフランライスに鶏肉やソーセージが乗っていてその上にオムレツのように卵が乗っている。ふわふわ湯気を立てて目の前に出されると思わずつばを飲み込んでしまった。どうやら彼は以前言っていたアロス・コン・コストラを作ったようだ。
いつもの乾杯の後にルカスが話を始めた。
「イズミ君、君は移動魔法が使えるのか。素晴らしいな」
「いえ、まぁ便利に使ってますよ」
「君はもっとそれを使うべきところで使わなければもったいないぞ。どうだね? 事が落ち着いたらうちで働かないかね?」
「ありがたいお話ですが、少しやらなければいけないことがありまして」
ははは、と愛想笑いをして流してしまった。俺には和平実現と言う、少しどころではない目標がある。
それを聞いたルカスは腕を組んで目をつぶると、
「そうか……。若さとはいいな。大志を抱く青き賢者、若くして力を持つという、無限大の夢に手が届く可能性! 何ともいい響きではないか! わが家はまだまだ安泰だ。逃げも隠れもせん。だからゆっくり考えるといい。だが、もし入ってくれたら信天翁茜葉勲章をあげてもいいぞ!ふははは!」
と大きく笑い声をあげた。
さて、どんな勲章だろうか。あとでティルナに聞いてみよう。
「ところで、イズミ君、君は結婚しているかね?」
「いえ、まだです」
「そうか。どうだね? うちの娘たちは? ラウラ、イズミさんにお酒を注いであげなさい」
ルカスのその言葉に反応したのか、錬金術師の方(確かラウラ。ショートヘアーのデカい方)がガタンと立ち上がり、「もう、お父さん! そういう話は止めてよ!」とテーブルに手をついてゆさゆさ怒り出した。
「それだけじゃない! 本当にめちゃくちゃばかり言って! リン鉱石の精製法を考えろとかややこしいことばっかり! 鳥の糞から何を作ればいいのよ!? 科学なんてオカルトやってるからわたし学校で浮いてるんだからね!?」
「食事中よ。汚い話しないで。でも、眼帯付けて『私は天才物理工学者、ラウリッヒ・ネクラソフ! 星の世界に飛び出して、この世界のすべては振動でできていることを示すわ!』とか昔やってたじゃない。やって差し上げなさいよ。お客様の前で、例のポーズ。イチコロよ」と横のローサ(ロングヘア、姫カットの普通くらいの方)が食べる手を止めず面倒くさそうに言った。
するとラウラは目じりに涙を浮かべて「やめてぇぇえぇぇ!」と叫ぶと椅子に座り頭を抱えてしまった。ショートヘアーからちょこんと出た小さな二つの耳が真っ赤になっている。それを見ていたルカスは「そうだな。反抗期真っ盛りのラウラにはまだ早かったな! ふははは!」と笑い声をあげた。
つられて俺も苦笑いをしてしまった。微妙に違うが超ひも理論かな。こっちの中二病はそんな感じか。
それにしてもやはり家族の絆を重んじるからか、貴族と言う割には親子の間柄が近しい。