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ウロボロスの王冠と翼 第三十八話

「みんな……ごめん……。なんんんにも聞き出せなかった……」


「ははは、仕方ないよ。イズミ君のせいじゃない」


「あんた、馬鹿ねー。でもあのデカいケツおばさん、いけ好かなかったからちょっとスッキリしちゃったけど」


 オージーとアンネリは仕方なさそうに笑っている。ティルナも心配そうに「ヘマさんは昔からあんな感じなんです。基本的に馬が合う人はいません。マッチョは昔助けられたとかで好きらしいですが……」と意外と冷静だ。彼女はこういうことになるだろうと予想はしていたのだろう。


「まぁ、いいわ。どーせついでみたいなもんだったし。気を取り直して大本命のシスネロス家に行きましょ!」


 そう言うとアンネリはこぶしを握り締めた後、シスネロス家の方角を指さした。



 広い街中を定期的に走る馬車に乗り30分、それから歩いて20分。


 シスネロス邸はこれまでの邸宅のようにすぐ近くと言うわけではなく、中心部から少し離れたところ―――カルデロン別宅とは逆方向の街外れにあった。序列通りにいけばこの家は一番小さいはず。


 だが、これまでのどの家よりも大きく、そして無機質だ。建物は体育館かと思うほど大きいが窓が少ない。まるで人が住んでいるのはごく一部のようなほど静まり返っている。神秘的な静けさの中で、生を感じさせない低周波がなっているような、そんな感じだった。


 門の前に着くと一人の老人が玄関先を掃除していた。近づいてきたティルナに気が付いたのか、手を止めてこちらを向いた。


「エッヒッヒッ、バスコ様にご面会ですかね?」


 猫背で血色の悪い顔にモノクルをかけている年老いた使用人は気道に何か詰まっているかのような笑い声をあげ、小刻みに震え続けている。珍しくイスペイネ系ではないようで、皺だらけの青白い顔に鉤鼻で、白内障なのか白みがかった青い目をしている。俺たちが何か言う前にわかったのか、老いたその使用人は門を開け中へと案内した。


 門から玄関までの間の石畳を歩きながら男はティルナをちらりと見上げると「ティルナ様、あなたのお兄様にお伝えくださいまし。近々アホウドリは飛びましょう。あとは風が吹くだけですぞ」と笑った。


「その話は……ちょっと……」


 それを聞いたティルナは前かがみになり、俺たちをちらちらと見ながらそう言った。


 建物の中は外からも見えた通り窓がないため日光は入らず、昼過ぎだと言うのにマジックアイテムの照明が点いている。大きな建物の端から端まであるようにまっすぐ長く伸びた廊下は不気味で、いつかのマテーウス治療院を思い出す。そこをカタカタと歩く使用人の後をついていき、奥まったところにある部屋の前で止まった。


 使用人がドアをノックすると、それは建付けの悪い音とともにひとりでに開いた。すると中から、ホルマリンだろうか、科学的に合成された梅酒のような、大学の献体安置室で嗅いだことのある毒の先にある甘い刺激の強い匂いがした。ゴウンゴウンと低周波は先ほどよりも強く音が漏れてくる。


 使用人の男がどうぞと中へ案内したが、何か踏み入れてはいけないような、そんな印象を受けた。しかし、一瞬躊躇したものの中に足を踏み入れた。



 天井は高く、アホウドリのはく製がたくさん吊るされている。大きく羽を広げたとき、座っているとき、クラッタリングをしているとき……死後直後に作られた、生の一瞬である様々なポーズで時を止められてから幾千もの夜を越えてそこに浮かんでいる。空をかけることはなく、たった一匹のひなを温めるわけでもなく、鳴らし続けようとも届かない求愛を永久にし続けるそれに躍動感はあるが、乾いた瞳にはもう何も映ることはなくそれはあまりにも不気味だった。

 そして部屋の隅には何台もの羽根の付いた機械―――大きな扇風機のようなもの。大きな作業机には汚くてよく見えないが何かの設計図が山のように積まれている。中には失敗したものもあるのか、破かれたり、ぐしゃぐしゃに塗りつぶされたりしたものがある。


 薄暗い部屋を抜けて奥に入ると男が作業机に手をついていた。使用人がバスコ様と呼ぶと、気付いたのか、俺たちの方へとぬるりと振り向いた。下瞼が重たく膨らんだ三白眼の若い男はお世辞にも健康的とは言えない。彼こそがバスコ・シスネロスだ。


 それからの説明はこれまでと同じように話した。彼は話をしている間、三白眼は変わることがなく、伸びた親指の爪を噛んでいた。


 話が終わると彼は噛んでいた爪を口から離すと


「してェ、双子が誘拐された場所に残されていた封筒がァ、この国の貴族が使う物だったと。で、ルカスにそれを尋ねたらここへ来いと言われたのか」


 へぇーと重苦しい吐息を長くはいた後、


「確かに、我々は錬金術を扱っている。だがァ、双子など誘拐するはずもない」


 と言った。


 そして傍にあった羽を開いたアホウドリの大きなはく製を持ち上げて、真下から見始めた。折りたたまれた足を指で少し弄っている。


「古典復興運動で手を焼いている。殊に錬金術師たちは必要以上に知識を付けて自らの中ですら神秘だァ、広啓だァとよくわからないことでもめている。そんなァ状態で双子など誘拐できようもない」


 弄っていた手が止まると、相変わらずの三白眼で俺たちを見回した。


「捜査には協力したいが、復興運動だけでなく我々は連盟政府の一大事である和平交渉のこともある。すまないがそなたらで何とかしたまえェェ」


 と言い切ると、デスクの裏にあったドアをあけてさらに奥の部屋へと消えて行った。話をしたが、無気力に言いたいことを言われた挙句、面会を終わらせられてしまった。不気味な部屋とバスコの雰囲気に皆圧倒されてしまい、結局何もわからなかったのだ。



「あんまり成果がなかったな……」


 先ほどの使用人の話では、その部屋に入ってしまうともう何時間も出てくることはないそうだ。待っているだけ時間の無駄になってしまう。おまけにその日はもう夜になってしまったので一度カルデロンの別宅に戻ることにした。

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