ウロボロスの王冠と翼 第三十七話
「ところで、わが家自慢のタバコはどうじゃ?」と言うと並んでいたメンズの一人が駆け寄ってきた。
その手の中には上質なビロードと煌びやかな宝石が施された箱があり、その蓋にはタバコの枝を咥えたアホウドリの紋章が描かれている。
俺たち四人の前で跪いた男が箱を開けると、メンソールのように爽やかなようで、それでいて喉に重く響いてむせかえってしまうような甘さのある、嗅いだことのあるタバコの匂いがふわりと漂った。
それを嗅ぐとシバサキを思い出して軽くめまいを起こした。これは彼が吸っていたものと同じなのだろうか。だがどこか焦げた葉っぱ臭さと喉に刺さるくせっけの強さが弱いような気もする。
俺は日本での職業柄、喫煙は絶対禁忌だったので吸う習慣がなく、若干の嫌悪すらあった。そしてこのタバコはシバサキがよく吸っていたものと近いようなので、吸う気にはなれず断ることにした。オージーもアンネリも普段からタバコは吸わないので断り、ティルナは「あわぁ、わ、私はまだ吸っていい年齢じゃないですぅ」と結局全員が断ってしまった。
するとヘマの顔は少しぐずついた。だがすぐに表情を戻すと「これは嗜好品じゃ。吸えぬ者もいて当然じゃな」と微笑んだ。目は笑ってない。
その中からヘマは一本取り、メンズに火を付けさせると吸い始めた。中指と人差し指で掴み、小指を立てたまま大きく一口吸った後、まだ一センチも焼けていないのにメンズの持っていた灰皿に押し付けると「封筒を」と言って細い腕を突き出しひらひらとさせた。封筒を見せろと言うことか。
俺はカバンから取り出し、ひらひらと動く手に渡そうとした。すると横からまた別のメンズがひょいッと取り上げて、ヘマの前に跪き恭しく手渡した。
それをうむ、といって受け取ると目を細めて見下ろすように読み始めた。
「錬金術とな……。ひどいことをする者がおる……」
「やはり、シスネロス家でしょうか?」
流れるように文字を追っていた視線がピタリと止まると、眉を上げてこちらを見た。
「やはり、とは? 誰かから聞いたのか?」
「ルカス・ブエナフエンテがそう言っていたので」
あ
しまったーーーー!! やーっちまったーーーー!!
ルカスの名前を出すや否や、顔がこれまで見たことがないほどに曇った。そして、彼女が腕を組むと不穏な空気が漂い始めた。
「……一つ確認じゃが、序列通りに訪れたということはわが家が三番目、ということじゃな? うむ、ウソをつかないでもよいぞ。そのような必要は全くないのでな」
まさか、と思っている彼女の眉はぴくぴくと動いている。先ほどから笑っていない目にいよいよをもって火が灯りつつある。
もう嘘はつけない。ついたらすぐバレてキレられる。逆に正直に言ってもキレられる。ダメだこりゃ。この期に及んで誠実さもクソもないが、本当のことを言おう。
「……いえ。四番目です」
首を明後日の方向へ向けながら俺は小さな返事をした。目が泳ぐのを抑えられない。
返事を聞き取ると彼女は口を開けたまま無表情になった。しばらく静まり返った後、カタカタと小刻みに震え始めた。メンズたちもざわめき始めた。
背後にいる三人の冷ややかな眼差しも感じる。
これはヤバい。ヤバいのだけは分かる。メンズに囲まれてリンチか?
へ、へへへ……と引きつる口角で愛想笑いをするも、汗が脇を、背中を、内腿を冷やしていく。
しばらくの沈黙の後、ヘマは突然、ダン、と足を衝いた後、腰に手を当てた。そして、
「なぜコーヒー屋などに先に尋ねた!?馬鹿者が!あんな臭い泥汁など許せんわ」
と大きな声を上げた。すると頭目様!頭目様!と周りにいたメンズたちが焦り始めた。
「泥で乾杯など程度が知れる!」
だしだしと地団太を踏んだ後、封筒と手紙を思い切り地面に投げつけた。
「わらわのもとに先に来ていれば捜査に協力をしたものを! ええい! 忌々しい! 勝手にするのじゃ! わらわはもう関係ない! 出て行け! そして二度と近づくな!この助平が!」
と人差し指を俺の胸にずんずんと思い切り突き付けた後、くるりと向きを変えて出てきたドアの方へとがんがんと足を鳴らして向かって行ってしまった。そしてドアを思い切り閉めてしまった。
会議室は静まり返った。誰も動かない。崩れた花道のメンズもだ。
次第にざわめきが起き始めると、残されたメンズも掌を上に向けたり、お互いの顔を見合ったりしている。どうやら困惑しているのは彼らも同じ様子だ。
その混乱の中で、メンズの一人の男が俺たちのところにやってきた。メンズのリーダー格なのか、体が一番大きい。ずんずん迫ってきたので縛られて放り出されるかリンチかと思いきや、「今日のところはお引き取りを」と言って俺たちをやさしく追い出した。
邸宅の前でゆっくり門が閉められるのを見送った後も四人全員は呆然と立ち尽くしていた。
序列を考えた末のやっつけ訪問と言う感じも否めないので、ヘマを怒らせるのも無理はない。