ウロボロスの王冠と翼 第三十五話
ブエナフエンテ家は、事なかれ主義のエスピノサ家と違い、前情報通り来客には寛容なようだ。頭目のルカスは、ティルナよりも遠い地から来た俺たちを見るなり笑顔で迎え入れて、俺の傍まで来ると肩に手を回すように背中を押し、はやし立てるようにしながら、早速早速、と案内しすぐに面会に応じてくれた。
俺たち四人を陽の当たる広めの客間に案内し同じテーブルに着くと、ブエナフエンテ家の紋章であるコーヒーの木の枝を咥えたアホウドリの絵が描かれたコーヒーカップに自慢の自家製品であるコーヒーを淹れて歓迎してくれた。
全員分が揃うとルカスとティルナはカップを持ち上げた。何をするのかわからず、オージーとアンネリの三人でぼんやり見ていると、隣のティルナが顔を耳に近づけて「乾杯するんですよ」と小さな声で囁いたので慌てて持ち上げた。そして、全員が高く掲げたのを満足げに見回すとルカスは“家族のため!”と乾杯の音頭を取った。コーヒーで乾杯するのか。不思議な家だ。
一口飲むと苦味よりも酸味が少しだけ強い。苦い方が好きな俺が珍しく美味しいと思った酸味は、味わったことのあるものだ。もう一度カップから口を離し、中を覗きながら匂いを嗅ぐと、ユリナとシロークとラジオ計画を立てたときに出されたコーヒーと淹れ方の違いで差はあるが同じものだと言うことに気が付いた。
「美味しい、コーヒーですね」
意図せず漏れた感銘の言葉にルカスは嬉しそうになった。
「そうか! ありがとう。上質なルカス豆だ。せっかく遠方から来たのだ。最高級のものを味わってもらいたいからな。自分と同じ名前というのは些か恥ずかしいが、自慢の一品だ」
「これは連盟政府内では珍しいですね」
「まぁ……少々値段が張るのはすまないな、ふはは。だがそれに見合うだけの自信はある。噂ではきょ……エルフたちも気に入って嗜んでいるらしい」
「エルフについてご存じなのですか?」
「そこまでではないが、噂程度だな。彼らがコーヒーを嗜めるくらいなのは知っているぞ」とにこやかになった。
美味しさのあまり思わず俺は、実は共和国に行っていました。そこでコレ飲みました! ウマいッス! うは! と言いそうになってしまったが、そんなことは言ってはいけない。上がるテンションを抑えながらコーヒーと一緒に飲み込んだ。
イスペイネが和平に前向きであること、これまで瀬取りをしていて改めて海上交易を始めたこと、そして、共和国の四権力者たちすべてが把握していたとしても、連盟側でそれを言ってしまえば俺はスパイ扱いまっしぐらだ。連盟政府側では無知を貫かねば。
三口ほど飲むと、「さて、コーヒーも気に入ってくれたのはうれしいが、何か要件があったのではないのか?」とルカスは表情を変えた。
俺たちは双子が誘拐されてからのことを大雑把に話した。すると彼は腕を組み、険しい顔になった。
「自慢の封筒が使われたのが事件だったとはいえ、伝統に則りわが家を三番目に訪れてくれたことには感謝しよう。理由の如何は気にしない。捜索には全面的に協力しよう」
ルカスは合わせた手をテーブルに置いた。
「そこでだ。封筒を見せてもらえないか?それから手紙の内容もだ」
俺は鞄から封筒を出し、中の手紙を取りだしてテーブルに置いた。封筒の上に手紙を載せてルカスの方へと差し出すと、彼は封筒を持ち上げた。
「これは、確かにうちの封筒だ。だが、匂いがだいぶ落ちているな。新しいものではないだろう。数か月ほど経っている」
「封筒が生産されてから時間が経っていて匂いが飛んでしまったということですか?」
「そうだな。新品のものはもっと強い匂いがするはずだ」
ルカスは持ち上げていた封筒をテーブルに置いた。
「我々ブエナフエンテ家はコーヒーの栽培から販売を中心に行っているが、封筒に関しても手は抜かない。恵みをもたらしてくれたが枯れてしまった木々たちに敬意を払い、丹精込めて作っている。だから出来たばかりの製品かどうかなどすぐにわかる。新しいものならまだしも、追うことは厳しいかもしれない」
続けて彼は封蝋を確かめ始めた。ティルナが以前直した時の状態をそのままにしていた。封筒を閉じて線を合わせると崩れず残った封蝋が半分ほど明らかになった。
それを見てルカスはまたしても渋い顔になっている。
「封蝋も五大家族の者なら自分の家の紋章が刻印されたスタンプを使うはずだ。それぞれに家の人間は名誉と誇りを持っているからな。しかし、封蝋に印が無いとなると……」
彼は少し黙り込んだ後、右眉を触りながら何かを思い出したように話始めた。
「錬金術と言ったな? ではシスネロス家に尋ねるといい。あの家は我々五大家族の中で魔法、特に錬金術にご執心だ。何か知っているかもしれない」
彼は封筒に手紙をしまうと、俺たちの方へ差し返した。