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ウロボロスの王冠と翼 第三十三話

 信天翁(アルバトロス)五大(ファミーレ・)家族(デ・シンコ)は連盟政府成立時にあった現在のイスペイネ地方の一帯をそれぞれ治めていた貴族たちの末裔であり、連盟政府成立時に一つにまとまり加盟したそうだ。

 カルデロン家、エスピノサ家、シルベストレ家、ブエナフエンテ家、シスネロス家の五つであり、上げた順番通りの序列がある。

 つまり、一番偉いのはカルデロンと言うことだ。ティルナが言いづらそうにしていたのはこれだったのか。自分の家が序列一位であることを大っぴらに言うのは彼女の性格的に嫌なのだろう。


 カルデロン家の紋章は開翼信天翁(かいよくしんてんのう)と言われていて、左右に大きく羽根を広げたアホウドリが描かれている。羽を広げた姿を紋章などに使うことが許されたのはカルデロン家だけだ。

 抜群の飛翔力を持つアホウドリがイスペイネの瑠璃紺の海と紺碧の大空を駆け抜けるその姿は五家族の紋章の中で最も勇ましく偉大だ、と言われているらしい。言わずと知れたカルデロン・デ・コメルティオの一族でもある。ティルナもマリソルもこの家の出身だ。


 序列二位のエスピノサ家はイスペイネ自治領の領主で王族らしい。連盟政府はそれ全体で一つの国ということなので各自治領に絶対的な王はいないが、自治領内での立場の名称上だけ王となっている。


 シルベストレ家とブエナフエンテ家は同列三位だそうだ。シルベストレ家はタバコの生産を行い、ブエナフエンテ家はコーヒーの生産を行っている。同列三位と言うだけあって、やはり犬猿の仲だそうだ。


 そして、序列最下位のシスネロス家は魔術全般を生業としている。それだけではやっていけないので、一部の鉱石も扱っているらしい。硬くなったアホウドリの糞の採掘をしたり、アホウドリのはく製を作りまくったり、変わった研究者が多く、序列もどうでもいいとしかとらえていないので、五家族の中では少し浮いているらしい。


 序列についてもにゅもにゅ落ち着きなく話したティルナはあまり言及しなかったが、カルデロン家は王族より偉いということか。名前だけの王とはいえ、その立場を凌駕する一族はいったい何なのだ。


「じゃカルデロンから行かなくていいのか?」と、なんとなくまた意地悪なことを聞いてしまった。ティルナは慌てだした。


「あ、はわ、私はカルデロンの者なので、大丈夫です、よ……? もうエスパシオ兄さん、あ、じゃ、じゃなくて大頭目(ガベーザグラン)にはすでに話が行っていますので大丈夫です」


 またここで「カルデロンは頭目の前に“大”が付くんだー」とか言うのは意地悪な気がするので、ここでは抑えて、ふぅーん、と鼻を鳴らして腕を組み、椅子に寄りかかった。イスペイネではカルデロンさまさまなようだ。


 しかし、アンネリが下唇を前に突き出して「カルデロンは“(グラン)”なのね」と言ってしまった。その横でオージーはすまなそうに笑っている。


 ティルナはまたしても肩をすくめて聞き取れないような声で、ひゃい……と自信なさげに返事をした。



 食事はその後解散になり、それぞれに個室が与えられた。別宅と言う割には個室も大きく、白い壁から白い天井に向って伸びるアーチ状の梁は部屋の天井をどこまでも伸びていくのではないかと思うほどに高く感じさせた。

 ローチェストの上に鞄を置き、上着を脱ぎ棄てるとベッドに横たわった。使わないと言う割にはよく手入れされていて、放ったらかしにしたときの埃の匂いが一切しない。そしてそのまま白い天井を見上げていると、すぐに眠気が襲ってきた。


 まぶしくもないのに腕を額の上に載せた。隙間から見えた白い天井は暖色系のマジックアイテムで、間接照明の優しい光を返している。


 ふと共和国の煌々とした電球を思い出した。前も共和国のギンスブルグ邸でこんな風に思い出していたような気がする。だが、明日の朝アニエスは起こしには来ない。起きられるだろうか。寝返りを打つと、ローチェストの上に置いた上着が見えた。ぐしゃぐしゃで皺が寄ってしまうかもしれない。朝まであのまま放ったらかしだろう。歯を磨いたり、着替えたり……することはまだある。


 思い起こせば長い一日だった。


 今日だけで色々なところへ行った。グラントルア評議会議事堂、ストスリア、連盟政府首都サント・プラントン……。行った先々で頭を下げて、戦って、走り回った。


 双子のことは確かに心配だ。だが、優しい色を返すどこまでも高い天井を見ていると、柔らかいベッドに沈んでいき、天井がどんどん離れていくような感覚に陥る。オージーとアンネリは眠れるのだろうか。彼らの心配は俺の比ではないはずだ。そんな彼らを差し置いて、俺は一人眠りの岸辺の淵で渡しに早く行こうと手を引かれている。


 疲れた。今の俺には抗えない。


 眠りの岸辺の霧中から手を伸ばし、一人では大き過ぎるキングサイズのベッドわきに立てかけておいた杖をデコピンではじいた。すると見えているのかすらわからない視界から明かりが音もなく消えた。


 夜の色をした濃紺の天井は見なかった。暗くなってから後のことはほとんど覚えていない。一つだけ覚えているのは、はじいた杖が倒れてしまったときのカランという金属音だけだ。多分、暗闇に目が慣れる前にすぐ眠ってしまったのだろう。

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