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ウロボロスの王冠と翼 第三十二話

 ポータルが閉じてすぐにジャングルとまではいかないが鬱蒼とした夜の暗い森を抜けて、俺たちはイスペイネ自治領最大都市であるラド・デル・マルの街に向かった。


 ポータルを開いてもらった場所から見えていたが、抜けた先から一番近いスラム街から街に入るのは時間的に危険なので遠回りをして街の正面へと向かった。そのおかげでだいぶ時間がかかってしまった。

 緩やかな斜面にできた街で、近づくほどに街の全景が見えてきて、白い壁とオレンジの屋根が大きく広がっていった。そして、緩やかな坂の先には連盟政府近海一帯を支配するカルデロン家がいる自治領だからか大きな港があり、暗くて見にくいが大きな船がいくつも見える。とても大きな街のようだ。


 目を細めて街の入り口付近を見ると、そこには監視役の男が二人いた。

 彼らは近づいてきた俺たちを見るなり顔をこわばらせ、武器で道を阻もうとしないものの警戒してきた。


「お前たち、何者だ?」


 一人の男が先頭を歩いていた俺に尋ねてきた。何と答えたらいいのだろうか。誘拐された双子を探しに来た、などと言うわけにはいかない。


「旅の者です。友人の家族に会いに来ました」


「こんな時間にか?」


 何時なのかはわからないが、だいぶ遅い時間になってしまったようだ。よく見れば街の灯りも消え始めているのか、先ほどよりも数を減らし、人の活動に合わせた揺らめきを遅くしている。たくさんの人々が眠りに落ちていく時間のようだ。


「歩いてきたので、へへへ……」と後頭部を掻きながら言った。


 猫背で愛想笑いをした俺を怪しんだのだろう。二人の監視は困ったような顔でお互いを見合わせた。


「怪しい奴だな。最近は和平交渉だとか古典復興運動だとかで物騒だ。明日の朝出直してこい。野宿ならできるだろう。この辺りは温暖だからさむ……いっ!?」


 全員を見渡しながら話していた男は突然奇声を上げて肩を上げた。そして、俺の背後に焦点を合わせた後、もう一人の監視に慌てて振り向き「おい! お前!」と言った。もう一人の男も何かに気付いたのか、あっと漏らして姿勢を正した。


「あ、あなたはカルデロン家の方ですか!?」


 彼の視線の方へ首を回すと、そこには指を合わせて小さくなっているティルナがいた。肩をすくめている彼女は自信なさげに俯き加減で、探るような上目づかいで彼らを見ながら小さくこくこくと頷いている。彼が見たのは後ろでもじもじしているティルナのようだった。


「し、失礼しました! お通りください。お帰りなさいませ。ティルナ様」


 二人の男は背筋を伸ばしながら笑顔でそう言った。それにティルナはますます小さくなった。俺たちは二人の監視役に小さく頭を下げて横を通り抜け、ティルナはその後をこそこそと走る様にしてついてきた。


 石と木を組み合わせた建物の白い壁は、静まり返った街に残されたわずかな明かりを照り返し、しっぽりと遅い時間なのに明るさがあるように感じる。モザイク模様の石畳の上を歩くパタパタと言う四人分の足音がよく響いて返ってくる。


「ティルナはずいぶん有名なんだな」


 俺は気が付けばヤシマを捕まえて以降彼女に敬語は使わなくなっていた。


「えぅ、はわ……私はそんなつもりはぁ……」


 驚いたのか、瞬きを繰り返しながら困ったように前に両手を突き出しぶんぶん振っている。


「あ、ああいうのすごい苦手なんです……」


 これまで数時間行動を共にしただけでわかった彼女の性格的に、もてはやされるのは苦手なのは察しが付く。


「最初からあんたがあいつらに話せばよかったのに、まったく」とアンネリが後ろからぶつぶつ言っている。オージーは苦笑いでアナ? とたしなめた。


「ひぅ……すいません……」



 それから俺たちはまず宿の確保をすることになった。時間的に宿が取れるかわからないと困っていると、ティルナがおずおずとカルデロン家の別宅が空いていると言ったので、そこに泊めてもらうことにした。

 街の中心部からは少し離れたところにあり、ティルナに案内されてついた家はとんでもなく大きかった。門を開けるときに、彼女は「少し手狭ですが……」と言っていたので、カルデロン家本宅はどれほどなのだろうか。


 そこには何人かの使用人もいて、遅い時間だったが我々を歓迎してくれた。そして簡単なディナーまで出してくれた。使用人たちは簡単と言ったが、魚介のパエリアが山のように出された。白身魚ややたら大きいタコかイカ(たぶんクラーケンではないだろうか)、共和国で贈収賄の時によく出てきた二枚貝など盛りだくさんで、黄色いご飯の上には真っ赤なトマトとハーブが乗っているそれはカラフルにして豪華で、食事を忘れていた俺たちの胃を揺さぶり食欲をもたらした。それから食事をとりながら話し合いをすることになった。


 しかし、話し合いにパエリアはどうなのだろうか。


 蟹と同じで、貝やエビを剥く作業で真剣になってしまい無言になってしまう。そして皆空腹だった様子でしばらくがつがつと食べ続けていた。だが、オージーもアンネリもよく食べていた。昼間は落ち込んで食欲はなく、心配だったが、解決の糸口と双子が無事である可能性が出てきて少しだけ元気を取り戻していた。その様子に少し安心することができた。


 腹ごしらえがひと段落したところで、一日中動き回って疲れ切っているであろう皆が眠くなってしまう前に話し合いを済ませたい。俺は話を振るためテーブルに前かがみになり全員を見渡した。


「まずどうする?」


「まず、頭目たちに直接聞きに行きましょう」


 ティルナは手に着いた油を拭った後スプーンを持ち上げた。


「五大家族のか?いきなり容疑者に突撃をかましたら隠蔽されそうな気もするけど」


「それこそが目的です。怪しければすぐに何かが動くはず、です」


「ちょっと待ってよ! それって双子をおとりにするってこと!?」


 アンネリがばらした二枚貝を手に持ったままティルナを不安そうな顔で見た。


「おとり……取り方によってはそうなります。でも、ヤシマが言っていたことと手紙の内容から考えるに、手に掛けられるようなことは絶対にないと思います」


 珍しくまっすぐ言ったティルナにどうも釈然としていないアンネリ。渋い顔をして手に持った貝の殻を皿の端に置いて、エビを持ち上げた。


「どこから行くんだ? やっぱりブエナフエンテ家か?」


 ティルナは少し顔をしかめた。


「いえ……そういうわけにもいかないんですよ……」


「家がそれぞれ遠いの?」


「どの家も住んでいるところはラド・デル・マルの中心部で、近いので困りません。ですが、その……家族はみな平等と言うわけではなく、序列があるんです……」


 彼女はもじもじし始めてどんどんと言いづらそうになっている。そして、「そ、それで、まずエスピノサ家から行きましょう!」と話を逸らすかのように提案した。


「ということは一番偉いのはそこなの?」と尋ねてから俺は彼女にちょっと意地悪をしたことに気が付いてしまった。


「い、いえ、厳密には違います……。あの、この話、あんまり好きじゃないんですぅ……」


 彼女はスプーンを置いて手を拭くと、膝の上に手を置いて猫背になっている。


 やっぱりな。申し訳ないと思いつつも、ティルナの五家族の関係について説明を聞くことにした。

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