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ウロボロスの王冠と翼 第三十一話

「イズミ。おまえ変わったようで、シバサキとつるんでた頃と変わってないな。バカなやつだよ。誘拐実行犯に依頼をするなんて」


 俺と二人とのやりとりを見ていたヤシマは腫れた目で俺を見ている。


「黙れ。あんたは悪い奴じゃない。悪人面すんなよ、虫唾が走る。それに依頼に対して金はきっちり払う」


「そんなのいらねぇよ……。いまさら自分のしたことが、いや何にもしてこなかったことが恥ずかしくなってきたぜ……へへ……」


 ヤシマは片側の口角を上げて地面を見つめて小さく笑った。その姿に俺はまたしても腹の底がふつふつと煮えるような感覚を覚えてしまった。“恥ずかしい”と言うその感情はいまさらになって湧き上がってきた感情ではないはずだ。

 この世界に来た最初の時からずっと、使命を全うさせられずに日々大きくなっていった罪悪感から目を背けていただけで、背ける理由が見つけられなくなり眼前にたたきつけられて逃げられなくなっただけだ。


 しかし、この男はもう悪事は働かないだろう。俺にはそれが何となくだがわかった。それに、なぜ最初からそうしなかったのか、という言葉は本人以外なら誰でも簡単に言うことができるという事実を無視してはいけない。相手が誰であれ、それを簡単に言われると傷つく。もしこれ以上ヤシマを傷つけてしまえばますます卑屈になり何をするかわからない。


 そういうことにして拳を抑えた。路地裏は一度静まり返り、水が不規則に滴る音が聞こえる。


「ダメだ。受け取れ。それで仕事はきっちりしてもらう。あんたのいう“労働の対価”だ。ただで手伝ってやった、くらいの気持ちで許してもらえると思うなよ? 自分のしたことをしっかり償ってもらう。これは依頼であり償いの第一歩だ。報酬は償いで得たものだってことを心に刻みつけて使え。そして、あんたにはこれから和平のために手伝ってもらう」


「ちっ、ガキのくせに……何なんだよ、いったい」


 男が吐息のように小さく囁いた。この期に及んでもはや逃げ出す気配はない。


 俺はヤシマの拘束を解くことにした。縛り付けていた光の紐が割れるように消えて、拘束を解かれた彼は自分の掌を左右交互に見た後、ゆっくりと立ち上がった。


「もう夜だが、行くのか?」


「一刻を争うからな。早速頼む」


 ヤシマは鼻から息をして笑うと、目を閉じて下を向いた。「さすがだな、やっぱり違う……。さて」とつぶやいた。


 そして、真っ暗な路地の壁に向ってポータルを開いた。生暖かい風がふわりと流れ込んでくるそこを覗くと、深い森が生い茂り、虫が鳴いている。これまで見て来た北欧の透き通るような鳥の声の響くしんしんとした森ではなく、見た目にも騒がしく息が詰まりそうな濃い緑が鬱蒼としている。その先は森が開けていて、大きな街があるのかぽつぽつと灯りがついていて、暮らす人々の鼓動のようにそれぞれに揺れているのが見える。


「おれはイスペイネに行くとき、ラド・デル・マルの街から少し離れた森の中に出る。ちっとばかしデカい虫も出るが、まだ春先でそこまでじゃないだろう」


 ティルナが体を傾けてポータルを覗き込み怪しんでいる。


「……なんだか妙なところにポータルを開きましたね。ここはラド・デル・マルのスラム側です」


「おれはノルデンヴィズにタバコを運んでくれって頼まれ仕事をしてる。その依頼してきた奴がそれを運ぶときはここを使えって指定してんだ。理由は知らん。おれ自身タバコを吸わないからわからないが、湿気とかなんか理由があるんだろ。もう怪しむのは勘弁してくれ」


 ポータルを開いた彼はその横で首筋を押さえて困った顔をしている。


 ヤシマの言葉にティルナは、ふぅーん……と何か気がかりがあるのか息を漏らした。



 出発の準備が整ったので、ポータルの先の安全を確認した後全員を先に通り抜けさせた。アンネリは無表情でヤシマの肩にぶつかっていき、彼をよろめかせた。オージーはぶつかっていったアンネリを手で少しだけ寄せたが、鼻の穴を膨らませてヤシマを見下ろしていた。まだ彼の静かな怒りは収まらないのだろう。そして皆が抜けて、俺がポータルの入り口に立つとヤシマが肩を叩いてきた。


「なぁ、イズミ。お前のキューディラと連絡取れるようにしとく。終わったら連絡しろ。迎えに行ってやるよ」


 そしてポータルの先の街明かりを遠い目で見ながら、


「チート能力貰ったおれたちは戦うこと以外に存在意義はない。それさえも放棄したおれはなんなんだろうな……」


と言った。そして鼻から息を大きく吸い込み、吐き出した。


「どれだけ気張ってもおれにできるのは手伝いくらいだ。能力が無くなれば読み書きもできなくなる。終わったら田舎に引っ込むさ」


「当てはあるのか?」


「みんないなくなっちまったけど、解散……自然消滅した後に田舎に帰った僧侶の女の子が一緒に暮らさないかって連絡してくれたんだ。彼女が治療院をやるらしくて、自分一人だと不安だから二人で一緒にやろうって。拗ねて返事してなかったけど、応えることにするさ」


 そう言うと手を放して微笑んだ。


「引きもよくて、それを逃がさないおまえに全部任せる、頑張れよ……」


「あんたとはいずれ日本の話でもしたい」


 それから、ありがとうな、とお礼を言って俺はポータルを抜けた。


 振り向けば、腫れた目をしたヤシマがポータルの入り口側から相変わらず微笑んでいる。


 そして背中を向けて右手を上げるとどこかへ去っていった。その振り向きざまに何かを言ったが、それは聞き取ることはできなかった。だが、悪い言葉ではないだろう。


 ポータルはゆっくりと閉じて、彼と俺たちを引き離した。

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