ウロボロスの王冠と翼 第二十六話
俺は先ほど左と右を間違え、庇ってくれたティルナを負傷させてしまった。しかし、そのおかげでナイフがポータルを抜ける瞬間を見ることができた。敵は移動魔法を用いて俺たちを攻撃しているのは間違いではなかった。
移動魔法の込められたマジックアイテムを近距離で使うと空間認識に混線が起きる。かつて、シーグバーンがグリューネバルトから盗んだアイテムを使ってどこかへ移動したとき、直後に同じ種類のアイテムを使って彼の移動先へたどり着くことができた。
混線が起きて相手の移動先を追えたのはあくまでアイテムを使った時の話だが、移動魔法と言う点では同じなのでアイテムでなくてもそれを起こせるのではないだろうか。ポータルはつながってしまえば入り口でも出口でもある。例えば―――ほとんど賭けだが―――ナイフが入るポータルの入り口とこちらが開いたポータルの入り口をつなげるようなことだ。
俺はある策をティルナに提案することにした。
「ティルナさん、次にナイフが飛んできたら俺に思い切り大剣を突き刺してください」
「え、えぇっ、なんでですか?」
「説明はあとです。俺は大丈夫です。回答はやるかやらないか、でお願いします」
なんだか今日は説明を後回しにしていることが多いような気がする。そんなことを考えながら俺はふらつくティルナを起こした。
そして俺たちはあえて背後から狙わせるために、背中合わせには立たず向かい合わせになった。ナイフがどちらの後方から飛んでくるか、予想は簡単につく。弱い奴から狙うのは基本だ。卑怯だなんだと言う前にこれは殺し合いであり、生き残ったほうが勝ちなのだ。つまり、おそらく弱いと思われている俺から狙ってくるのは間違いない。
ティルナは肩が上下してだいぶ息も荒い。かなり消耗している様子だ。早く蹴りを付けなければ。彼女は右手で剣を持ち構えた。片手で持てるような剣ではない。力んだので左腕の出血がひどくなり、石畳に滴った血液は赤い池になっている。だいぶ辛そうだ。
しばらく静かになると遠くから街の音が聞こえる。春先で温かくなり、景気よく誰かが外で飲み始めたのだろう。酔っぱらいの笑い声が聞こえる。
ティルナの眉が動いた瞬間、俺は「来い!」と怒鳴った。すると彼女はやぁぁ! と叫びながら大剣を俺に向って突き付けて来た。同時に俺は自分の体の前と後ろをつなげる様なポータルを開いた。
しかし、その瞬間、ティルナは自分から出た血液で足を滑らせ、転んでしまった。
しまった。彼女が倒れていく姿の影から投げナイフが飛んできた。最初に投げられたナイフは俺の背後からではない! 手負いの彼女をまず狙ったようだ。
だが運よく彼女が転んだことでナイフは避けられ俺の体の前のポータルに飲み込まれていった。そして彼女はすぐさま体勢を立て直し、剣をポータルへ突き立てた。そして剣はそこへ吸い込まれるようにまっすぐ入っていった。
すると、ぐぢゅっという、水っぽいニカワが詰められた袋を勢いよく刺したような音の後に、ぐぇあっという男の声がした。ティルナの持つ剣の柄に、切っ先を伝って来た赤黒い水がたらりと垂れている。
それが手に触れたとき、きっと表情をきつくしたティルナがゆっくり剣を引き抜いた。ポータルの穴から出てきた剣は赤黒い血が切っ先の光りを鈍らせていた。そして、まだ開いていたポータルからどさりと右手にナイフが刺さった男が倒れ込んできて、力なく地面に横たわると汚れた石畳に血がじわりと広がった。自らが投げたナイフに当たったのだろう。不快なわけではないが、思わず鼻をつまみたくなるような濃い鉄の匂いが立ち込めた。俺たちは襲撃犯を捕らえたのだ。
ティルナは抜いた剣を石畳に突き立て、それを杖に膝をついて荒い息をしている。うつ伏せに倒れ込んだ男を俺とティルナは見つめた。
剣が思い切り腹部から背中へ抜けたのか、背中がじわじわと血で染まっていく。しかし急所は外れたのか、わずかに息がありぴくぴくと動いていて即死ではないようだ。放っておけばいずれ息絶えるが、誘拐事件について聞き出さなければいけない。このまま犬死されては困るので俺は彼に急いで回復魔法をかけた。
刃幅も刃厚も広いティソーナでつけられた傷は、腹部から背中へ突き抜けるようなほど大きな傷だったがすぐに塞がり、彼を元に戻すことができた。だが、回復魔法は怪我をしていたことすら忘れてしまう。その前後に起きていたことを忘れてしまうのだ。
回復が終わり、気が付いた男はいきなり目の前に現れた標的の男に慌てふためき、尻をついたまま後ずさりをした。驚くのは無理もない。彼の状態を、ナイフを投げる直前まで戻したのだから。彼を魔法できつめに束縛して動けなくした後ティルナに回復魔法をかけた。
ティルナは回復が終わると同時にガバッと剣を構え周りを見回した。そして、左右に素早く首を回し、辺りを警戒すると「気を付けてください!」と目をギラリと光らせた。しかしもう事態は収拾したと伝え、その男が犯人だと言いうと不思議そうな顔をしたが剣を背中に収めた。