真っ赤な髪の女の子 第一話
「おやおや、魔法使いさんがいるね」
低い声で呼び止められ、振り向いた先には大柄の男性がいた。歳はシバサキよりだいぶ上なのか、髪は長い年月を物語るように真っ白だ。口ひげを蓄えたその人はまるで大きな白いクジラのようだった。この白鯨は集会で討伐を支持した男の一人だ。ひときわ大きな体で剣を持ち上げるさまは否が応でも目立っていた。
「君は普通の勇者とは違うようだね」
大勢の人がいてさまざまなざわめきの中にいるのにその言葉は俺に向かっていることがわかるような、ゆっくりとしたそれでいてはっきりとした声に驚いてしまい、口を開けたまま見つめてしまった。
「あっ、はい。確かに魔法使いです。シバサキ、さんのところの」
「杖があるからやはり魔法使いか。それにしても変わった杖だな。それに集会の最初から森の中にいるのはめずらしいね。わたしは勇者兼パン屋を営んでいるアルフレッドだ。はじめまして、不思議な魔法使いさん」
「は、はじめまして。イズミと申します」
堅苦しくしようとしているわけではなさそうなのにその大きな雰囲気に圧倒されてかしこまってしまう。
「もっとも今じゃ勇者のほうが兼業みたいなものね」
彼の後ろに馬車が止まり、幌の中から女性の声がした。アルフレッドが幌を少し開けるとよりだいぶ若い見た目の赤毛の女性が煙管をふかしている。上半身と脚でZ字を描くように上品に座り、白いリボンのまかれた黒の女優帽、黒のドレスグローブをして煙管の吸口と羅宇の境目を持って煙を吐く姿はまるでかつての名作映画の大女優のようだ。
「否定はできんなぁ。はっはっはっ。嫁のダリダだ。今時珍しい占星術師だ」
豪快に笑うアルフレッドの後に続いてダリダは色っぽい返事をした。歳の離れた夫婦なのだろうか。
「先ほど剣を掲げていましたが、討伐派なのですか?」
「我々のところは影響が些か大きくてな。パンの原料の小麦の輸送路をときどき邪魔される。我々は家族で一班で残りのメンバーはうちの一人娘だ。君と同じくらいの年で同じく魔法使いだよ」
魔法使いだよ、の一言に心臓が痛みあがる。同じくらい年齢、同じ職種。どの程度の実力なのだろうか。心の揺らぎをアルフレッドは見逃さなかったようだ。腕に腰を当て険しい表情をする。
「君の実力は知らないが、誰かと比較しているようではまだまだ半人前のようだな。うちの娘はかれこれ15年は魔法使いをやっている。ベテランではないが決して弱くはない」
「おいコラ、新人! バカかてめぇ! 無駄話してる暇あんのか! サボってんじゃねぇぞ!クズ!」
はるか先から怒鳴り声が聞こえた。うちの勇者は怒鳴ってばかりなので前頭葉の虚血を起こしているのではないだろうか。声の方をアルフレッドは流し目で睨み付けたあと「急ぎのようだな。何かの助けになるといいが」と小さな紙をサッと出して住所を書いて渡して馬車に乗り去って行った。
渡されたのは名刺のようで、表にはモギレフスキーベーカリーと店の名前が書いてあり、裏に記入されている住所はノルデンヴィズよりも寒い場所に位置する村の名前が書いてある。そしてこの森よりもはるかに遠い。帰って行く馬車を見送っていると幌が少し開いていて眼鏡の女性がこちらを見ていた。しかし、目が合ったかと思うとすぐに裏に隠れ見えなくなった。
最初のころは高齢の勇者はどうなのだろうかと思っていたが、彼のような人もいるのか。年齢はシバサキよりアルフレッドのほうがはるかに上だろう。しかし、なぜだろう。体力のある若いほうが評価を得そうなのだが、若い人よりエネルギッシュでカリスマ的で人のでき方が根本的に違うような気がした。
彼ら夫妻が去った後、改めて周りを見渡すと年も着ている服も目の色も肌の色も違う。さまざまな人が英雄の名を平等に背負い、活躍しているのか。シバサキもその『さまざまな人』の一部だと考えようと思えばできるが、多様なのは見た目だけであって心の中にはそれぞれの自負と信念があることを考えると、やはりその『さまざまな人』と同じではない、同じにしてはいけない。
それにしても、この世界に来てここまで多様な人間がそろった場所にきたことがあっただろうか。依頼などは(ベンチなりに)こなしているが、基本的にノルデンヴィズから長距離離れたことは数えるほどに少ない。
いまさらながらこちらの世界の広さに気づいたのだ。
とっくに森を出ていたシバサキには腹痛を起こしたといい加減な理由を伝え森に戻った。かんしゃくを起こして遅かれ早かれあとで何かされるならどれだけ待たせてもかまわないことや、この後の罵られるだけの空虚な祝賀会の時間をできる限り短くするためではなく、あくまでそのさまざまな人の声が聞きたたかったのだ。講和派の人とも話すと勇者たちはみなそれぞれに『戦いが終わった後』のことを考えて動き出しているようだ。たとえば資格を取得したり、これまでに得た力を使ったりして生計を立てようとしたり、シバサキに言わせれば本来の目的を中途半端にするようなことを始めている。
もしかしたら、この魔物たちとの戦いは終わりが近いのかもしれない。そしてそれをみな肌で感じ取っているのだろう。だから、バイトと言う副業の話が出始めているのではないだろうか。
戻った時、よほどご機嫌だったのか長い時間待たせたのにもかかわらず殴りも蹴りも怒鳴りもしなかった。
そのかわりにシバサキは唾を飛ばしながら啖呵を切った。
「群れるなんて軟弱だ。こうしている時間がもったいない。おい新人、帰るぞ! お前には僕のお祝いということでこれから飲みに付き合ってもらおう! おごってやるぞ!」
アルフレッドとの出会いや勇者たちのその後を考えると、前方を意気揚々と歩くシバサキの言葉などもはや耳に届かなかった。
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