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ウロボロスの王冠と翼 第二十五話

「伏せて!」


 ティルナは声を上げると同時に目にもとまらぬ速さで背中から剣を抜いた。だが横に振らずに振り下ろすようにしている。

 俺はすかさず前に倒れるように屈んだ。すると頭の上で空を切る音の後に金属音がした。背後から何かが飛んできて、彼女はそれを剣で叩き落したようだ。

 剣が頭上をかすめた後火花がわずかに見えると、今度は彼女の背後で何かが光り、それがまっすぐこちらへ飛んでくるのが見えた。おそらく刃物だ。

 このままでは大剣を振り下ろして隙ができた彼女の背中に刺さってしまう。咄嗟に彼女の足元にポータルを開いた。


 彼女を俺の背後へと移動させて、刃物を正面から目でとらえた俺が対処しなくてはならない。刃物が彼女の髪をかすめて背中に刺さってしまいそうなったが、間一髪で彼女をポータルへと落とすことができた。

 少し切れてしまい宙を舞う彼女の髪を避けて、杖を刃物に向けて振り上げた。叩き落とすだけなら、と思ったがかなり強い力で投げられているようだ。当たると同時に手の中の杖が少し押されるような感覚を覚えた。しかしそれを叩き落すことには成功した。

 キーンと軽快な音を立てて地面に落ちて、石畳の上で一度はねた後くるくると回るそれは、15センチくらいの、やはり投げナイフだった。良く研がれているのか不気味な黒光りをしている。杖を前に構え中腰で辺りを見回しながら彼女に話しかけた。


「いきなり使って申し訳ないです」


「移動魔法ですか……。あ、あなた何者ですか? いえ、助かりました」


 態勢をすぐさま整えた彼女も俺の方へ背中を向けたまま、じりじりと後ずさりした。そしてどんっと軽くぶつかると彼女と背中合わせになった。


「複数ですか?」


「いえ、おそらく一人です。あちこち移動して複数を装っていますが、動く者の気配は常に一つしかありません。それに左に少し傾くナイフの投げ方の癖が同じでした」


「じゃどうやって別の方向からほぼ同時にナイフを投げたんですか?」


「たぶんですが、今あなたがやってのけたのと同じだと、思います」


 移動魔法か。同時にポータルを二個開くのは無理なはずだ。ナイフが飛んでくるタイミングがわずかにずれたのは、ポータルを閉じてまた開く一連の動作ときにできたタイムラグだろう。しかし、はっきりとポータルを見たわけではないから確信がない。


 再び路地は沈黙に包まれた。低くなっていく日差しは影を伸ばし、建物の作り出す暗闇は俺たち二人をすっかりと飲み込んだ。速まっていく自分の鼓動がうるさく聞こえる。唾をのむような音さえ騒がしい。僅かな音さえ聞き逃すわけにはいかないというのに。

 しかし、動揺を隠せない俺の背後で剣を構えるティルナはやはり剣士なのか、落ちつきはらっている様子だ。腰を低くどっしりと構え、重心を常に固定し動くことがなく物音一つ立てない。それでいて一切の隙がないことを俺は背中で熱のように感じる。最初に会った時の、あの頼りなさげに指を突き合わせてもじもじとしている彼女とはまるで別人だ。


「ティルナさん、あなたの剣では狭い路地は不利ではないですか? さっき隙ができる覚悟で振り下ろしたのも……」


「確かに横に大振りはできないです……」


 彼女は大剣を上段に構えている。狭い路地では彼女の大剣は不利だ。広いところに移動したいがそうもいかない。そういったところに行けば必ず人の目につくので、狙われはしなくなるかもしれない。

 しかし、もし相手が移動魔法を使っているならば、そいつを何としてでも捕らえて話を聞き出したいのだ。


 だがそうこう考えている暇もなかった。彼女のピクリと動く振動が背中越しに伝わってくると、彼女は「左です!」と叫んだ。すぐさま俺は左を向いた。しかし飛んでくるナイフの姿は見えない。その代わり、わずかに光の輪が広がるのが見えた。

 次の瞬間、ドンと腰のあたりを思い切り押され、受け身をうまく取れず手をついて倒れてしまった。背後からくぅっと痛みをこらえるような声が聞こえた。慌てて起き上がり振り向くとそこには、左腕にナイフが深く刺さり痛みに震えるティルナの姿があった。滔々と滴る鮮血は指の先まで真っ赤にしている。


「大丈夫ですか!?」


 俺が駆け寄ると、彼女は左腕を押さえてぐったりと膝をついてしまった。俺たちは背中合わせであり、彼女の言った“左”は俺の右側のことだったのだ。最初の、俺から見て右から飛んできたナイフを避けた後、彼女は二本目が左(俺から見て)からくるのも察していた。もし、俺が左右を間違えなければ庇われることはなく、彼女も二本目を避けられたはずだ。


「ごめんなさい……。私がきちんと伝えていれば……。とりあえずナイフを抜いてもらえますか?このままでは戦えません」


 荒い息をしている彼女の腕のナイフの柄に手をかけた。そして、出血するなよ、と願いつつハンカチを傷口にあてがい、ナイフをすばやく抜き取った。すると彼女は痛みに悲鳴を上げた。しかし、やはり血はどくどくと溢れてしまった。早めに止血をしないと彼女が危ない。


「ちょっとまずいかもしれません……」


 引きつったように笑って見せているが、奥歯を食いしばり痛みに堪えている。俺の回復魔法を使えばすぐに直せる。しかし唱えていれば隙だらけで的にしかならない。狙われた状況で彼女の腕を早く止血しなければいけない。


 だが、そんな状況にも関わらず俺にはまだ敵を捕まえる作戦があった。


「ティルナさん、もう少しだけ動けますか?」

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