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ウロボロスの王冠と翼 第二十四話

 足を組んでパタパタと動かし、不機嫌な顔をして腕を組むアンネリとそれを苦笑いしながらなだめているオージーをカフェに残して、俺とティルナはカフェからワンブロックほど先の路地へと入っていった。


 そこにはまだ大通りの光りが漏れているところですらすでに酔っぱらいがうなだれていて、壁に寄りかかって吃逆をしている。あちこちの店から出た汚水が集まり、道の真ん中に小さな川を作っていて、どれほど汚れているのかヘドロとゴミと生臭い匂いを路地一杯に立ち込めさせている。

 視界の隅で長くて汚い色をしたしっぽのようなものが見えたがすぐに物陰に消えた。おそらくネズミだ。渋谷のセンター街にあったCDショップの近くに置いてある、薄汚れたプラスチックのペールの上で生ごみを食い漁る泥と埃の塊のようなドブネズミがここにもいるのか。まさに大都市の影だ。


 足元に散らばる割れた瓶、ゴミ、汚れた水の流れを避けて進み、少しだけ路地が広くなったところで俺は一度立ち止まった。


「まだ尾けて来てます?」


 いいっと歯を見せて嫌そうに色々なものを避けるようにつま先で歩く彼女は、道に広がった吐しゃ物を踏みそうになると足をひっこめた。


「ヒィッ、あ、は、はい、ついてきてます。一人だけみたいですが……妙です」


 そして左右をチラチラと見ながら「どうもいろんなところから気配がします……」と言った。どういうことだ。


「距離はわかります?」


「ある程度ですが。まだ遠いですが、さっきより近づいてます」


「もう少し引き付けよう」


 狭い路地に再び足音が響き始めた。

 そういえば彼女はどうやって相手の場所を把握しているのだろうか?その辺りは謎だが、剣士の勘だろうか。


「近づいてきたら教えてください」


 やり方は後で聞くことにしよう。



 それからどれくらい経っただろうか。路地は長く広く、延々と歩き続けても途切れることはなかった。そのおかげで長い時間歩くだけとなり、もう襲ってこないんじゃないの? と惰性とあきらめがふつふつと湧き上がってきてしまった。無言の時間も長くなり、気まずくなってきたので、気になっていたことを尋ねることにした。


「カルデロンていう名前はカルデロン・デ・コメ……カルデロン商会の親せきか何かですか?」


「カルデロン・デ・コメルティオです。私はカルデロン家の二女です。兄が頭目(ガベーザ)に就いて、私はヴィトー金融協会所有の軍隊の……ただの剣士です」


 彼女はゴミだらけの足元に気を配りながら歩いているのか下を向いて応えたので、声が少々聴きとりづらかった。彼女より先を歩く俺は足元のごみを左右に避けながら進んだ。


「一年か、二年くらい前にグレタ街道でエストレーリャさんていう人にお世話になったんだけど」


「それは私の祖母、ですね。長いこと会っていないのでよく知らないのです」


「そうなんですか」


 あまり話をしたくないのだろうか。言葉全てが短く返ってくる。


 暗い路地にくたびれて重くなった二つの足音が響き始めて会話が切れてしまった。何か話題がないかと考えていると、彼女が少しだけ話した生い立ちがまるでマリソルと似通っているような気がした。

 確かグリューネバルトは昔話の中で、マリソルを葬った後、彼女の剣であるティソーナをイスペイネへと送り返していたはずだ。大きな剣だと言うことは聞いていたが実物は見たことがない。ティルナが背負っているそれはもしかしたらティソーナではないだろうか。


「その剣はティソーナですか?」


 少し離れた右後ろを歩いていた彼女はビクッと立ち止まった。そして俺を追い越し、ずいずいと近づき吐息が当たるほど目の前まで来くると、胸の下あたりから上目づかいで見つめてきた。彼女の大きな青紫の瞳が一層大きく輝いている。


「なぜ知っているのですか? そうです。これはイスペイネ十二剣(ドゥゼスパーダ)の一つのティソーナです」と急に饒舌に話始めた。突然の接近に驚き、のぞき込んでくる熱視線を逸らすため、頬を掻きながら右上の方を見た。


「ああ、えーと、ティルナさんのおばあさんの妹でマリソルっていう人が」


 しかし、「大叔母のことは話さないでください」と言いかけた俺の言葉を突然遮った。彼女の驚いたように輝いていた瞳は一瞬で変わり、眉間にわずかに皺を寄せて先ほどとは違う攻撃的な視線を俺に投げかけている。

 そして「確かにこれは大叔母の残した剣です。でも、剣だけ残して死ぬなんて……。英雄だなんて言われてますけど」と奥歯を噛むと下を向いてしまった。掌には拳が強く握られている。


 しかし、はっと顔を上げると彼女は愛想笑いをした。「あっ、ごめんなさい」と言うと背中の剣に触れた。だが、ただ触っただけではなく柄をジリッと握った。微笑んだ表情を変えないまま、何かに警戒しているかのようだ。そして、小さな声で「イズミさん、構えてください」と囁いた。


 俺はつばを飲み込み、腰につけていた杖に手をかけるようにしてゆっくり握った。

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