ウロボロスの王冠と翼 第二十三話
「双子がいるのはイスペイネかもしれません。この封筒はコーヒーの木から作った紙でできています。匂いが付いていますが、普段飲むコーヒーの匂いではなく、その花の匂いです。そうですね……。例えるならジャスミンの匂い」
ティルナが手紙を差し出したので、顔を近づけて手で軽く扇ぐと爽やかさの中に薬っぽさがある匂いがした。子どものときにはじめてジャスミン茶を飲んだとき、変な匂いだなと思いつつもクセになったのですぐにわかる。
「加工が難しいですが上質に仕上げているので、普通の封筒に比べたらとても高価です。だからイスペイネでは信天翁五大家族しか使えない……です」
「アルバトロス・ファミーレ・デ・シンコ?」
俺はティルナの言ったことがわからず、そのままオウム返ししてしまった。
するとオージーが寄りかかっていた背もたれから体を起こし、「ボクもあまりなじみはないが、イスペイネ五大貴族のことだ。カルデロン、エスピノサ、シルベストレ、ブエナフエンテ、シスネロスの五家だ。イスペイネ出身のシスネロス家の錬金術研究者から聞いたことがある」と教えてくれた。それを聞いたアンネリは身を乗り出してティルナを睨め付けた。
「じゃあそのブエナフエンテってとこがあたしたちの双子を攫ったってこと?」
ティルナはアンネリをちらちらと横目で見ながら遠ざかるように肩をすぼめた。
「ブエナフエンテ家は大貴族のためだけに封筒を作っています。ステータスみたいなものになっていて、五大家族はすべて使います。だから、確定ではないのです」
「それにしてもそのどっかの家が攫ったわけでしょ?」
ティルナは、さらに詰めよってきたアンネリから視線を逸らし伏し目がちになり足の先を見た。
「同郷の一族を疑うようなのでとても嫌なのですが……その可能性は高いです」
「ふざけないでよ!?カルデロンてことは、誘拐したのあんたの一族かもしれないんでしょ!?そんな人に頼りたくない!」
アンネリがテーブルを強くたたくとカフェの視線が集まった。それにも構わず彼女は立ち上がり、ティルナを思い切り捲し立てた。するとティルナは、申し訳ないです、としゅんとしてしまった。
「アナ、落ち着いて。ティルナさんはそれを覚悟して言ってくれたんだ」
「でも!」
オージーが服の裾を引っ張っているが、怒りは収まらないようだ。
「アンネリ、気持ちはわかるけど今はティルナさんに頼るしかないんだ。イスペイネだってことも見つけてくれた。でもイスペイネも広いから彼女の助けが必要になると思う」
「ありがとうございます。アンネリさんもごめんなさい。私なんかが来たばっかりに……」と言って、膝の上に手を置いて足元を眺めて鬱々とした雰囲気を醸し出した。
「ティルナさん、落ち着いてください」
ごめんなさい、ごめんなさい、と小さな声で繰り返し言うと今度は手で顔を覆い始めた。
「言えることはイスペイネに行けばわかるかもしれないてことだけです……」
アンネリは椅子にゆっくり座り、首をひっきりなしに振っている。また苛立ちを抑えているようだ。
「ですが……」と彼女は掌で顔を覆ったまま小さな声で言った。「また尾けられています」
周りを見回しそうになったが、尾行されていることに気が付いたようなそぶりは見せないほうがいい。人込みの中に入って目を誤魔化せないほど執拗につけてきているようだ。誘拐犯が追いかけて来た俺たちを監視しているのか、それとも襲撃のチャンスを狙っているのか。でもそいつは何か知っているに違いない。ひっ捕らえて吐かせるのがいいような気もする。
「ティルナさん、俺たち二人で路地に入ってみませんか? もしかしたら関係あるかもしれません」
すると彼女は途端に嫌そうな顔になり、体を俺から遠ざけるように仰け反った。
「えぇ、男の人と二人で薄暗い路地なんて、わ、私に何する気ですかぁ……?」
口をゆがめているティルナをアンネリは鼻筋をぴくつかせて見ている。ティルナはあまり前向きではない性格のようで、アンネリはそういうのが苦手なのだろう。イライラしているのが目に見えてわかる。
「なんもしないですって。つけてるのが誰か探りたいんです」
「で、でもぉ……」とくねくねと体を揺らしている。
「あー! もー! イライラするわね! アニエスがいないと髭を剃り残すようなヤツがあんたに手を出す度胸なんかないわよ!」
再びアンネリが立ち上がりティルナに怒鳴った。度胸がないのはそうだが、実際に言われると傷つくな。
「あんたそんなでホント大丈夫なの!? 手伝いで派遣されてんのに何なの!?」
アナ、と優しく名前を呼ばれ横からオージーにたしなめられているが、どうも止まらないようだ。アンネリは勢いをそのままに「さっさと行きなさいよ!気になるんでしょ!?」と掌をしっしっと払うと腕を組んでそっぽを向いてしまった。
ティルナは「わ、わかりましたぁ……」とぽそぽそ言うと、下を向いたまま俺をちらりと上目遣いで見た後、ふゅん、と小さな声を出して肩を落とした。
そこまで拒否されるとさすがの俺も落ち込む。