ウロボロスの王冠と翼 第二十話
先の共和国金融省長官選挙において、和平派であるシロークの当選工作の一環であった魔石取引の件に協会は大きく関与してきた。
しかし、最終目標であった和平の件は協会には伝えずに、秘密裏に共和国との取引を行っていた。見えないところでの不穏な動きがあることを察していたのか、途中で彼らは一方的に人員を派遣してきたのだ。
協会側は非公式な要員としてそれを送り込み、俺たちに誰が来るのかはわからないようにしていた。しかし、それとして現れたのはワタベであり、彼は俺たちとは仲も悪ければ都合も悪い。そこで重要な任務を与えて彼はしばらく戻れない状態であると協会には報告をして監禁していた。
そしてその後の長官候補者爆殺テロ事件を機に彼は監禁していた場所から逃げ出し行方不明になった。つまり俺たちが行っていた選挙工作について一度も協会に報告をしていないのだ。派遣した人員から何の報告も受けていないと協会は怒りだしそうだが、協会側自らが非公式としたせいで聞き出すことができず苛立っていた様子だ。
そもそもの話だが協会が人員として派遣したのは本当にワタベだったのかどうか怪しいと言う話もあった。しかし、それは俺たちにもわかりようがない。
そしてワタベと名乗る男が来たと報告したが、協会はそれに何も言ってくることはなかった。自ら非公式としたせいで何も言うことができなかったのかもしれない。
カミュは頭取の娘であり、脅して言わせるようなことは不可能だ。多少の混乱はあったが、ユリナの思惑通り必要以上の情報が協会に回ることはなかったのだ。
協会は結局その後何の情報も得られず、魔石の取引が完了して比較的すぐに敵側に和平交渉を持ち掛けられていると連盟政府から伝えられたので、選挙との関連性について上層部が怪しんだらしい。
そこで大きく関与していたカミュが諮問を受けることになったのだ。諮問は頭取の娘だからと言う理由で回避できるというほど甘くはないうえに、揚げ足を取る様に色々と聞かれる。
しかし、彼女自身遅かれ早かれ呼び出されると踏んでいたので、万全の状態で諮問に応じ大方のことは上層部に伝えたそうだ。(もちろんワタベを監禁していた話や不都合が生じるもの以外だが)。
カミュの話では、協会は和平に対して中立を維持する方向性でいるようだ。彼女にとってややこしい話がそれだけならいいのだが、別の問題も起きている。
和平交渉は個人同士の喧嘩のレベルではないのは言うまでもなく、成熟した国家間同士の話し合いである。それを無視しようものなら未熟な国としてレッテルを貼られるうえに宣戦布告をしたのと同じようなもので、普通ならば無視することはありえない。
敵対国との交渉が合意に至ろうと物別れに終わろうと、会談が催されるのは絶対なのだ。だが、会談場所の確保、移動手段、護衛人員……などとてつもないほどの資金が必要になる。そこで交渉の際に連盟政府が賄う諸経費を集めるために国債を……となっているらしい。そこから先の話はややこしすぎてよくわからなかった。
「というわけで、私も色々あって動けないのです」
「そうか……。仕方ないな。だが、そっちも頑張ってもらわないといけないから今回は大丈夫だ。それよりも、ウソとごまかしは辛くなかった?選挙の時に言わなかったけど、俺がカミュに頼んだことはほとんどグレーゾーンだ」
「私は大丈夫です。『法的に問題のない手続きを踏んで、魔石が欲しい者たちのためにそれを取り寄せて売買を行った』だけですから」
性格的に曲がったことが嫌いなはずのカミュは微笑んだ。以前よりも丸くなった印象だ。マリークのおかげだろうか。表情が戻ると彼女は再び話始めた。
「参加ができなくて申し訳ない、いや残念でなりません……。代わり、と言っては何ですが、私の代理で協会の剣士を一人派遣します。行方不明に人海戦術は鉄則。数は多い方がいいですからね」
「大丈夫なのか?」
「構いません。まだ誰が行くかは決まっていませんので、のちほどキューディラでお伝えします。すいません。時間もあるのでここで一度失礼します」
話が終わると彼女は立ち上がりいそいそとラウンジを後にした。だいぶ忙しいようだ。彼女が出て行くのを見送った後、俺も金融協会を後にした。
それからレアにもコンタクトを試みた。しかし、彼女もだいぶ忙しいようで持ち場を離れることができないそうだ。直接会うことすらかなわず、キューディラでのやりとりだけになってしまった。
具体的に何で忙しくなっているかの話はしなかったが、どうやら元勇者たちが関与している様子だった。
その話を聞いたとき、以前カトウがウミツバメ亭で話していたことをふと思い出したが、その場では伝えることはしなかった。だが、誘拐に移動魔法が使われたかもしれない以上、勇者が関係していないと言い切れない。俺は彼女に遂次連絡を入れることにした。
必要なものがあれば手配してくれるそうだ。要件が終わると彼女は「キューディラで済ませて申し訳ないです」と何度も謝った後、通話を終了した。
アニエスは首都に来られないようだ。どうも母親のかつての逃亡劇の遺恨があるらしい。公的に許されたにもかかわらず、人間の心の中には居座り続けているようだ。
ククーシュカはどこにいるのかはわからないが、移動魔法がないのですぐには来られない。
仲間全員への連絡が終わると俺は少しがっくりしてしまった。あまり人の集まりが良くないのだ。