ウロボロスの王冠と翼 第十八話
共和国議事堂地下にある名称不明の部署の部屋から直接家へとポータルを開くと、その向こう側で二人が椅子に腰かけて待っているのが見えた。捜索時間として決めていた二時間を経過していて家に戻っていたのだ。
そして突然開いたポータル越しに姿を現した俺を見るなり、勢いよく立ち上がった。押された椅子がガタンと大きな音を立てて倒れてしまったのにも構わず、二人は待ちわびていたかのように傍へと駆け寄ってきた。
ポータルを抜けて一度背中を振り向くと、逆探知器の台へ身を乗り出して覗き込むユリナの姿が見えた。眉間にしわを寄せ、天井の機械が放つ眩しい光を細めた目で見つめている。あの様子なら任せて大丈夫だろう。表示された移動魔法の線を追う真剣な顔を見送りながら俺はポータルを閉じた。
「二人とも、置手紙は読んでくれた?」
「読んだわよ。それで? 何か収穫あったわけ?」
共和国に向って戻ってくるまでの間に探索時間はとっくに過ぎてしまっていた。どうやら待たせすぎてしまったのか、アンネリは言葉の節々を刺々しくして言った。オージーも腕を組んで頬を噛んでいる。
「説明は後だ。俺は首都へ向かう。二人は待っていてくれ」
共に行動する人数が多い方がいいのだが、二人を連れて行くのは止めることにした。今回の誘拐事件には移動魔法が大きく関与している。
俺はうまく使いこなせず、ただ移動手段としてしか使ってこなかった。だが、ユリナとの戦闘経験を経たことやマゼルソンが俺に言ったことで攻撃手段としてかなり有効なことが分かった。自分だけが使えるならそれは最強かもしれないが、相手もそれを使えるというのは最強の敵がいるのと等しい。
「オージーはアンネリの傍を離れないでくれ。それ以上に子どもたちが心配だ。急いだほうがいいからすぐに向かう」
だが二人とも話を聞いている様子がまるでない。
アンネリは先ほどまで物干し竿に使っていたブルゼイ・ストリカザを持ち上げて、オージーはリビングの壁に掛けてある二本の杖を取り上げている。その一つをユリナに投げ渡すと、「よし、行こう」とこぶしを握りしめた。その横でアンネリがうんと力強く頷き、槍の石突をズンと地面につけた。家が揺れるとパラパラと埃が落ちてくる。
「ちょっと待って。危ないから。移動魔法が関係してる。俺はうまく使いこなせてないけど、移動だけじゃなくて、ありとあらゆる戦況に利用できる。それを使って襲撃をかけてくるかもしれないぞ。だからまずは俺一人で首都に行ってあちこちに協力を……」
それを聞くとアンネリは大きくため息をした。
「あんたさぁ、首都に行ったことあんの? つか検問所どうやって突破すんのよ?」
確かにそうだ。うっ、と少し仰け反ってしまった。検問所は移動魔法で簡単に突破できる。だが、俺はこれまで首都に行ったことがないのだ。
移動魔法でそこへのポータルを開くことはできないので、馬車なり徒歩なり魔法以外で向かわなければいけない。そのためによその町を経由して向かうとなると遠回りになる。
これまで訪れたことのある町は、ノルデンヴィズ、ブルンベイク、カルモナ、ストスリア、リティーロだ。その中でストスリアの次に首都に近いのはカルモナだ。しかし、そこは首都と同じ自治領内ではあるが海沿いであり、だいぶ距離がある。
では、検問所より先の街道に出てそこから歩いていけばいいと言うわけにもいかない。学生運動のせいでストスリアと首都への定期馬車が運航停止になり、いくとなると徒歩しかない。馬車あってこそ早いが、徒歩では時間がかかる。どこかで馬車を借りて馬車ごと移動魔法で……いや、混乱の最中に馬車を貸す人はいない。
ユリナ蒸気自動車貸してくれねぇかなァ……。ダメに決まってるけど。
どうしようもなくなり、俺は口元に手を当て黙り込んでしまった。
「黙っちゃって何なのよ? はっきり言いなさいよ。連れてくって。あたしはあんたの仲間じゃなかったの?」
もごもごと何も言えない俺にアンネリは腰に手を当て迫ってきた。
「ボクたちは錬金術学会でグリューネバルト卿と首都に一度行ったことがある。だから移動魔法で直接行ける。そのほうが早い。君が連れて行かないと言うなら勝手に向かう。そして先に見つける」
オージーも彼女に並んでそう言った。二人だけではダメだ。二人の強さを信用していないわけではない。師匠のグリューネバルト譲りの戦い方を熟知している。それでも俺はできることなら危なっかしいことから二人を引き離したい。
だが、さらに困ったことにこの二人は師匠から余計なものまで譲り受けている。一度決めたら譲らないという頑固であるところまでそっくりなのだ。こうなってしまっては二人をもう止められないだろう。俺は二人を交互に見つめた。
「体力は戻ってるか?」
それにアンネリはふんと鼻で笑った。そして、
「あんた、子育てにどれだけ体力いるかわかってるの?前より付いたぐらいよ?舐めないで」
と目の奥を光らせて胸を張った。
「さっきも言ったが、誘拐犯は移動魔法を使うかもしれないから気を付けるように。俺がいる限り、どんなに苦しくても死ねないっつー覚悟はしとけよ!」
オージーに目配せをしてポータルを開かせた。