ウロボロスの王冠と翼 第十七話
「こっちの地名は書いてないがそれでも大丈夫か?」
「お、なんかあんのか?」
俺はフリッドスキャルフを持ち出した。コンパクトに丸められているが、広げるとかなりの大きさになる。台の上に目一杯広げた。
「これで何とかしてくれ」
台の上に目一杯広げた。ユリナは広げられたそれを見て目を丸くした。
「おめぇ、やっべーモン持ってたんだな。めちゃ古い地図で共和国側の地名は何一つ書かれてねぇが、めちゃ正確じゃねぇか。それに現在でのエルフと人間の勢力圏をほぼ全域網羅してるやがる……」
機械を操作する二人のエルフも口を押えて驚いている。やはりこれは素晴らしい地図のようだ。
「早くやってくれ。探せばあるんだろ?必要ないよな。終わったら回収する」
「よし、お前ら、焦点と縮尺の調整やれ」とユリナは指示を出した。
それから、おおよその誘拐発生時刻を基準に前後四時間分の移動魔法をサーチした。
その中でまず発生時刻前までにストスリアの街に入った移動魔法をピックアップした。すると一本の線が浮かび上がった。それは俺の線が現れるよりも一時間ほど早いもので、連盟政府首都サント・プラントンから伸びていた。心当たりがないので移動魔法を使える誰かがストスリアの街へと入ったのだろう。これで移動魔法を使った誘拐の可能性がゼロではなくなったのだ。俺はその線を見たときに固唾をのんでしまった。
それから発生後をタイムラプスで追っていくと、俺がグラントルアからストスリアへ向かったときのものが出た後、ストスリアの街の内部で二度使われていた。これらはすべて俺の痕跡だ。そして、しばらくしてグラントルアへ伸びた線が出た。これは誘拐発生後に伸びており、俺がこちらへ向かったもので間違いない。
それからグラントルアへ向かったものを最後に検出されることはなかった。つまり、俺以外の移動魔法を使える人間は、発生後少なくとも四時間は街に滞在していたか、徒歩などの他の手段で街を出た可能性がでてきたのだ。そもそも、最初から疑ってかかってしまっているが、その人が犯人ではないかもしれないのだ。偶然移動魔法でストスリアを訪れただけと言うこともある。しかし、これでは振出しに戻ってしまう。
「やっぱり移動魔法じゃねぇんじゃね?」
「でも足で出たっていう痕跡がないんだよ」
それもあくまで検問所の学生を信用しての話だが。
何か見落としている。もう一人の移動魔法は本当にその後使われていないのか? 俺は台の淵に寄りかかり顎を触った。
「なぁ、これって利用者解析して特定の者にタグをつけてそれだけ表示することってできないの?」
剃りのこし髭を弄りながらユリナに尋ねた。
「お前らやってくれ。どれにタグをつけるんだ?」とすぐさま二人のエルフに指示を出した。
「できるのか?」
「できなきゃドヤ顔で逆探知なんか言わねぇよ」
ユリナは腕を組み、台の上を見つめたまま言った。台に反射した緑色の光を受けた顔に表情は無い。当たり前のようだ。さすがだ。
「俺より先にストスリアの街に入った、サント・プラントンから出たヤツを追ってくれ」
エルフ二人が頷くと、浮かび上がる文字を操作して、その信号を赤、それ以外を緑にした。そして、四時間前からタイムラプスで表示し始めた。
五分、十分、十五分……、五分刻みで時間は進んでいく。最初の赤い線が出て一時間を経過して、発生時刻を迎え、俺の緑の線がグラントルアから伸びて、消えた。二時間、三時間、しかし、どれだけ時間が経過しても赤い線が表示されない。ダメかとあきらめ始めてしまった。入ったきり出るために使われた痕跡が出ない。やはり違うのではないだろうか。
しかし、しばらく時間を進め、間もなく指定した四時間が経過し終わりが近づいたその時だ。視界の隅で赤い線がシャッと走った。なんと、少し離れた北の町からタグ付けしたものと同じものがサント・プラントンに向って伸びのだ。
「ストップ!」と言って俺は止めて、街の名前を確認した。
そこはブリーリゾンと書いてあった。ブリーリゾン……どこかで聞いたような。
そうだ。北の検問所で賭博をしていた学生の言っていたことだ。検問所から出た馬車はそこへ向かうと言っていた。
ストスリアからブリーリゾンまでは馬車でおよそ二時間だ。発生後の移動時間を考えるとぴったりだ。犯人はストスリアで移動魔法を使わず、わざわざブリーリゾンまで馬車で行き、そこから首都を目指して移動魔法を使ったのかもしれない。ストスリアから首都は直線で、舗装された道もありすぐだ。ブリーリゾンよりもはるかに近い。
しかし、なぜブリーリゾンを経由した? 三角移動では距離が大きい。何が目的なのだ。だが、むしろこの動きこそ怪しいものでしかない。
しかし、検問所で双子は見つからなかったのか? なぜ積み荷が怪しいとか言わなかった? 俺が尋ねなかったから?
違う。尋ねたところで言うわけがない。樽の中に隠していたとしても開けてチェックするから見つけていたのかもしれない。
しかし、生まれて間もない双子を隠すかのように樽に入れる旅人など怪しすぎるのだ。厄介なことを避けたい彼らはそれを見て見ぬふりをすることは十分に考えられる。それか、御者の男にいくらか握らされたかだ。
クソ。あいつらめ。いや彼らを責めるのは間違いだ。鈍い俺が彼らに尋ねなかったのが悪いのだ! それにブリーリゾンへ向かったというのは正しい情報だった。俺はことごとく間違った選択を繰り返し、後手後手になってしまっていたようだ。俺は台の淵を軽くたたき、そのまま手に力を込めた。
「おい。イズミ、どうした? ビチグソ我慢してんのか? ここで漏らすなよ? 閉鎖空間でクソ漏らされたら、コイツらが臭いの取れない中で仕事を……」
「ユリナ……、少し黙ってくれ」
両手を台に置いたままで震えが止まらない。サント・プラントンへと延びる線を睨みつけた。
だが、次なる目的地は決定した。連盟政府首都サント・プラントンだ。
それから首都から先への移動は見られなくなった。首都に入れば移動し放題だ。しかし、人が多い分、情報も多いはずだ。まずは首都へ向かうことへしよう。
「ユリナ、俺はこれを自由に使っていいんだよな? じゃタグ付けした奴を監視しててくれ! 俺は首都に向かう!」
その場でポータルを開き、ストスリアのオージーとアンネリの家に向かった。