ウロボロスの王冠と翼 第十六話
俺とユリナはグラントルア中心部に戻り、評議会議事堂へと向かった。移動魔法逆探知装置は議事堂地下にあるのだ。
風が強く吹き抜ける街を抜けて議事堂に入り、四省長議の行われる会議室を超えた先にあるトイレ脇の、まるで掃除用具入れのようなドアの前に着いた。
ユリナがそこのカギを回し開けると長い階段が広がった。洞窟に吹き抜ける様な風の音がはるか下の方の奥から響いてくる。降りていき下の階に着くとカビと湿気た埃の臭いに包まれた。さらに切れかけの蛍光灯が交流電流を受けて発する不気味に低く小さな音がなる廊下をまっすぐ進んだ。五分ほど進んだだろうか。おそらくもう評議会議事堂の下ではないだろう。地下通路を通じてよその建物に入ったのは間違いない。
長い地下道の先は進むにつれて気温が下がっていった。まるで季節が遅れているかのようだ。次第にすれ違う人もいなくなり、右前を歩くユリナのヒールの音だけが長い廊下にエコーし始めた。
不気味さに左右を見ているとコツコツという音が突然止まった。ユリナが立ち止まると目の前には金属のトビラがあった。何の変哲もない、事務所にありそうなスチールのドアだ。
彼女はドア横にある長方形の12個のボタンの付いたカバーに触れ、何かを入力した。するとカバーが開いて中からガラス面が現れた。ユリナは杖を取り、かざすと格子状に光る赤いライトが杖を照らした。数秒間照らした後、緑になるとドアからガタンと言う音がした。鍵は開かれたようだ。
「マゼルソンはこの魔術錠のコードにオメェの杖も追加するらしい。意味が分かんねェ……」
ドアノブをそっと回しながらユリナはそう言った。
中は廊下よりも暗く、中に入ってすぐには何も見えなかった。しかし、次第に目が慣れると部屋全体が見えてきた。
高い天井がある十メートルぐらいのスペースの壁一面の機械が並び赤、緑、様々なライトが明滅している。数人のエルフがいて、皆杖を持っている。白い上下の軍服、国旗の付いた深みのある紅のベレー帽、共和国内では見たことのない作りの軍服を着た彼らは、初めて見る顔の俺に冷たい視線を一斉に向けてきた。しかし、すぐに何事もなかったかのように作業に戻った。
「こいつらは全員、エルフの中でも魔法が使える連中だ。独学で身につけた者がほとんどで、人間の並みの魔法使いよりはるかに弱い。が、こっちでこいつらにしかできないことは多い」
辺りを見回すと、ある者は無数のダイヤルと色とりどりのランプの付いた機械に座りヘッドホンを片耳に当てて何かを聞き、メモを繰り返している。またある者は一定の間隔でカタカタと何かのスイッチを押している。傍受だけでなく、発信もしているのだろう。
「気になるなぁわかるがあんまキョロキョロすんな。一応秘密施設だかんな?お望みの機械はこっちだ」
とユリナは言うと奥に向かっていった。
彼女の後ろについていき、いくつもの配線の付いた棚を避け奥へ入った。そこには天井に映写機のようなものがつるされていて、その真下の台に向って強い光を放っているのが見えた。そばには二人のエルフの男女がいて、台はとても大きく彼らが小さく見えるほどだ。
近くに行き台を覗き込むと、そこには地図が載せられ、緑色の格子状の光が当てられている。さらにその上に赤い光の点がいくつかあった。彼らが台の横の大きな箱についているダイヤルを操作すると、地図の外から赤い線が伸びて来てグラントルアと書いてある点につながった。ユリナは台の淵に手を載せた。
「今の線、見てただろ? 色々ややこしい機械が上にあって、そこから下の地図に光を照射すんだ。そこに移動魔法の痕跡がでんだよ。細かい仕組みは知らん。たぶん今の赤い奴はさっきのイズミだな。オメェが慌てふためいて私におねがいしまちゅーって来た時のヤツ」
「早速頼む」
ユリナの冗談はスルーした。怒っていては時間がもったいないのだ。彼女は下唇を前に突き出した。
「……へいよっと。ノリわりぃなぁ……。だが、今ここに載ってる地図は共和国内だけだ。これじゃ連盟政府内は映せねぇ。お前ら、グラントルアと連盟政府が一緒に描いてある地図持ってこい」
ユリナはそこにいた二人のエルフに指示を出した。すると一人が探してきます、とどこかへ行った。
「グラントルアが描いてないといけないのか? ストスリア一帯かもしくは連盟政府の簡単な地図じゃダメなのか?」
「ああ、無理だな。縮尺を合わせなきゃいけねぇんだよ。格子状の緑のやつあんだろ?それで縮尺合わせんだよ。基準がグラントルアになってるから調整できねぇんだよ」
しかし、しばらくして探しに行っていたエルフが困った顔をして戻ってきた。どうやら探し出すのにだいぶ時間がかかってしまうらしい。どれくらいかかるかと尋ねると、二、三日はかかるそうだ。それでは遅すぎる。
何かないだろうか。
ふと、腰につけていた杖が動き、着けていたショルダーを揺すったような気がした。何だろうと思いバッグを開けると、やや大きめの丸められた紙がにゅっと顔をのぞかせた。
これは―――そうだ。とっておきの物を持っていたではないか。
出てきた巻紙は、かつてレアから貰った広範囲の地図であるフリッドスキャルフだ。仰々しく貰いはしたものの、使う機会はほとんどなかった。その地図はだいぶ古く、共和国側の地名等は何一つ載っていないが、ある程度の地形図はわかる。これがあれば追うことができるかもしれない。
だが、こんなに簡単に敵国の諜報機関の目の前にその地図をホイホイと出していいのだろうか?レアに貰った時に不必要に出すなと念を押されていた。
この一言でまとめるのは抵抗があるが、仕方ない。できることは何でも試すというのは無謀な時もあるが友人のためだ。共和国側も、これまで双子を探すためと言う個人的な理由にもかかわらずこの秘密施設へ俺を案内し使わせてくれたというのに、俺の手の内を明かさないのは少しばかり気が引ける。それに彼らの地図はすぐに手元には出せないが、探せばあるのなら隠す必要はないだろう。
俺はフリッドスキャルフを持ち出すことにした。