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ウロボロスの王冠と翼 第十四話

 どうやら雲が流れてきたようだ。晴れていた空には白と灰色が立ち込めてきた。これから天気が悪くなりそうだ。


 俺とユリナは、少し強めの風が吹いて砂ぼこりが舞い上がる、グラントルア郊外の練兵場にいた。


 そこには以前連盟政府へ戻るときに見かけてからさらにいくつもの大きな建物が出来上がっていた。そして、その周りには相変わらず飛べなさそうな形の飛行船が並んでいて強い風を受けて飛べなさそうな羽をなびかせている。


 建物のシャッターに風があたりガタガタと音をたてている。その中にはいったい何があるのだろうか、何か大きなものが回っているような、迷い込んだ隙間風の音とは違うゴォゴォと大きな音が不規則に途切れては点いてを繰り返している。


 マゼルソンが定時に現れる場所には予定よりも早く着いたので待つことになった。しかし、彼はなかなか現れず俺はやきもきすることになった。

 もしやこのまま現れないのではないだろうか。そんなことを考え始めたときだ。一台の黒塗りの蒸気自動車が練兵場敷地内に入ってきて建物の近くで停まった。小走りの運転手が後部座席のドアを開けると、一人の男が降りて来た。白髪交じり、痩せて突き出た頬骨。グレーの三つ揃えのその男はヘリツェン・マゼルソンだ。

 珍しく付き人がいない様子だ。これはちょうど都合がいい。近づけばその付き人に抑止されるかもしれないからだ。

 ウィンストンの車に寄りかかり腕を組んでいるユリナをちらと見ると、彼女はマゼルソンを見ながら小さく頷いた。俺はそれを見ると彼の方へと歩みだした。足早に建物に入ってしまうのではないかと思い、小走りのようになってしまった。焦りのあまりに少し離れたところから俺は呼びかけた。


「マゼルソン法律省長官殿!」


 ちらちらと様子を窺っていた彼の視線がこちらに注がれた。しかし、歩みは止まることはなかった。機嫌が悪そうに肩を振って歩いている。


「私は忙しい。君も容疑者引き渡しの件でそれどころではないと思うのだがな。何の用だ?」


 俺は足早に通り過ぎた彼の少し右後ろをついていきながら話をした。


「移動魔法の逆探知を行いたいのですが、装置の方を貸してはいただけないでしょうか?」


「何を追う気だ? 維持に金がかかる装置を簡単なことでは使わせないぞ」


 振り向きもせず単調にそう言った彼に俺は負けてしまいそうになった。


「先ほどの会議を中座させていただいた原因と関連があります」


 すると彼は立ち止まり、雲が覆い始めた空を見上げた。


「誘拐された双子が移動魔法で運ばれたかもしれない、とでも言いたいのか?」


 そしてゆっくり体をこちらへ向けると片眉を上げ、首を傾けた。


「なぜ、まだ敵国の人間のために貴重な軍事機密の装置を使わなければいけないのかね? 君は移動魔法を使えるからよくわかると思うが、それはとてつもない脅威だ。それを多くはないが保有している連盟政府に対抗するために我々が作り上げたそれを、なぜ敵国の人間の捜索のために使えというのだね? 何度も言うが移動魔法というのは脅威だ。そして、それを探知する機械もまた“脅威に対抗するための脅威”なのだ。大きな力を手にするというのはそれだけ大きな責任が付きまとう」


「それは……」


 何も言い返せず、背中が前に倒れてくる。

 俺は彼の言う脅威である“移動魔法”を当たり前のように使っている。それだけではない。エルフにとっての脅威である魔法も日常的に使っている。そこに責任はあるのだろうか。考えたこともない俺は責任など感じたことがないのだろう。


 俺にその機械を政治的に利用する意図はない。だが、権力者たちは政治利用以外にそれを使うことはできない。なぜなら彼らは政治家であり、それが仕事だからだ。法律省長官と言う立場の鎧を着て、自らの持つ脅威の責任を常に帯びながらそれらを使わなければいけない。個人的に利用しようというのはそれこそ職権乱用であり、何かが起きてしまったときの責任は個人では取り切れないのだ。鎧をまとわずに虎と戦うことに等しい。俺がその機械を使ってしようとしていることは友人たちの双子の捜索という極めて個人的な目的だ。


 責任の大小を比較はしたくない。だが、どうしても自分たちのしようとしていることは彼の言う国家レベルの責任からすれば小さく感じてしまう。


 もぐもぐと何度も何度も口の中を動かそうとしたが結局何も出てこなかった。


 マゼルソンは猫背の俺を何も言わずに見下ろしている。俺はどうすればいい。



 気が付けば俺は土下座をしていた。


 跪き、冷えた砂地に頭をうずめ、深く彼の前で頭をついた。低い風が容赦なく耳にあたり、ごうごうと言う音に包まれている。


 震えた声で俺は絞り出すように言った。


「お願いします」


 仕方ないではない。彼に頼る以外に術はないのだ。



 視界の隅にグレーのスラックスとこげ茶の革靴が現れた。年季の入った靴はよく磨かれている。マゼルソンが俺の目の前に来たのだ。


「馬鹿者め。一度下げられた頭の価値は相手が誰であれ二度と戻らないぞ。価値を失うには早すぎる」


 肩に手が置かれた。それはとても大きく温かさはあるが、どこか生気がなく冷たく感じた。


「頭をあげなさい。私は反対しているわけではない。使うことの、共和国側への意味を示せというのだ」


 勢いよく顔を上げて彼をまっすぐに見つめた。そのときあまりにも卑屈な顔をしていたのだろう。俺の顔を見た彼は困ったような顔をした。


「全く、砂だらけではないか……。みっともない」

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