ウロボロスの王冠と翼 第十三話
「ユリナ、お願いだ! 使わせてくれ!」
移動魔法の逆探知ができたぐらいでは双子の消息はわからない。しかし、何かの可能性くらいは見いだせるのではないだろうか。少しでもいい。今は情報が欲しいのだ。藁にもすがる思いだ。崩れそうな膝を立て直して俺はユリナに頼み込んだ。
すると彼女は俺の申し出に「いいぞー」と声のトーンを高めて応えてくれた。それに目の前が明るくなったような気がした。彼女は話をつづけた。
「だけどな、こっち来てからは、私は情報しか与えねぇ。それでオメェ自身で何とかしろ」
「構わない。今すぐ向かう」
彼女のおっけーという気軽な返事の後にキューディラでの会話を止めて、すぐさま共和国軍部省へと向かうことにした。
何も見いだせなかったところに希望の光が見えたのだ。これを逃してはならない。まだオージーとアンネリは家に戻ってきていないのでメモを置いていくことにした。そこには、犯行に移動魔法が使用された可能性と、共和国内でそれを逆探知してもらえるかもしれないということを簡単に書いた。時間になれば二人は戻ってくるので、これで俺の所在はつかめるだろう。
そして、すぐにポータルを軍部省のユリナのオフィスに直接開きそこへ赴いた。突然オフィスに開いたポータルに彼女は驚くことはなく、どっしりと待ち構えていた様子でデスクの前で腰に腕を当て仁王立ちしていた。
「おう、戻ってきたな」
「早速で悪いんだが頼む」
しかしユリナは腰から右手を放し、その手のひらを天井に向けた。
「おっと、ここに機械はないぜ? 逆探知の機械は法律省の管轄だ。だがなぁ、今回の逆探知は共和国外が対象だから、探知行動自体は軍部省管轄の対外情報局がやんなきゃいけねぇんだよ。つまり機械だけを借りて軍部省が主導するってことになる。いまんとこオメェは軍部省長官……あー、私の直属の特殊な部下と言うことになっている。だが、対外情報作戦局の人員じゃねぇ。勝手に使えば越権行為だとかで後々問題にされる」
「どうすればいいんだ?」
「使うってんなら、オメェにゃあ今この瞬間から対外情報局員になってもらう」
「それは俺にスパイになれってことか?」
「まぁ、そぉなるといえばそうだな」ユリナは頬を人差し指で掻きながら続けた。「だが、オメェのようなお気持ちの笊みたいなツラのやつに大したことなんかさせらんねぇよ。安心しろ。機械使う手続きのためだ」
構わない。俺は深く頷いた。
「で、使えるって言っといてアレだが、今回は私が頼むわけにはいかねぇんだよ。お前自身でマゼルソンのジジィに頭下げて借りてこい」
冷たい物言いだが、それは事実だ。使うのも何も俺たちのためでしかない。
連盟政府内で連盟政府の人間が起こした事件の捜査に共和国の技術を使うのだ。共和国の権力者たる彼女がそれを行うのは、人間側への干渉ともなりかねない。
それに和平交渉の目前に連盟政府側に有利に動いたともとられかねないのだ。ユリナが俺に交渉は自分でしろと言ったのは、公的な記録に彼女の名前を残さないようにするためで、さらに俺を対外情報局員にしたのは書類上記載されなければいけない使用者の名前で起こる問題を回避するためだろう。対外情報局員である俺が連盟政府内部に対して使うのは情報収集と言う形で話が通るらしい。
だが、彼女には何のメリットもない。それどころかデメリットにつながる可能性もある。にもかかわらず逆探知できることを教えてくれただけでも十分ありがたいのだ。
「くっ、わかった」
俺がごねるかと思ったのだろう。彼女は眉を上げて黙った。
「物分かりが良くて助かるぜ。許可さえもらえりゃ私らが使い方を教えてやんよ。ま、こうなるだろうと思って、実はもう書類も作ってあるんだわ」
何から何まで彼女頼みの自分が少しみじめになり、下唇を噛んだ。だが、あの二人と双子のためなら頭はいくつ下げても構わない。たとえその行為が安くなって、価値を失ってしまったとしても。スパイでも何でもいい。俺は双子を見つけなければいけない。
手筈は整った。ならばすぐにでも逆探知器の使用許可を得たい。しかし、マゼルソンは法律省長官だ。忙しく動き回る相手にどうやって近づけばいいのだろうか。
どうしたものかとまた考え込む俺をユリナは察したのか、にやりと笑った。
「ジジィに会いてぇか?」
「できるなら早い方がいい。だけどあんたに頼み過ぎだ」
ユリナはふふっと鼻で笑うと黙ってドアの方へ向かった。
「ジジィは毎日決まった時間に練兵場に顔を出す。覚えてっか?私とおめぇが殴り合ったとこだ。アソコに色々おっ建てて何してんだかな」
「わかった。ありがとう。それだけわかれば十分だ。何時ごろだ?」
「焦んなよ。私も偶然にもいかなきゃいけねぇんだよ。車出してやっからついて来い。出発は15分後だ。裏の駐車場まで来い。それまであのお堅いジジィの股を開かせるために甘い言葉でも考えとくんだな」
ユリナはくるりと背中を向けてオフィスを出て行った。