ウロボロスの王冠と翼 第十二話
移動魔法を使える人間は、元勇者の一部と超高価な移動魔法が込められたマジックアイテムを持つ者たちだ。
残されていた封筒だけで判断するのは早計だが、それに使われていたのは素人目にもわかるほど上質なものだ。連盟政府の封筒と言えば質の悪い紙を使用するのが一般的だ。以前見た研究機関の封筒は確かにいいものを使ってはいたが薄くてらてらとしていた。
しかし、今回の封筒はしっかりと分厚く、水も弾くような処理がされている。そして、花か何かの少しいい香りもするのだ。つまり、双子を誘拐し手紙を残した人物が高級な封筒を使えるほどの資産を持っている可能性は十分にあるのだ。そうなると必然的に超高価なマジックアイテムを持っている可能性が高くなる。さらに移動魔法に焦点を合わせると、廃業宣告を受けプライドを亡くした元勇者による犯行の可能性も捨てきれない。その中にはこれまで金満な生活をしてきた者もいるからだ。
だが、勇者なら何を目的にしたのか、これから廃業するのというのに子供二人に豊かな暮らしをさせられるのか、そう考えると資産家によるマジックアイテムを利用した犯行の方がありうるのではないか……。考え出すと様々な可能性が浮かび上がってしまう。
そこで、まずは可能性が高くなった移動魔法についてだけを考えることにした。それが使える者全員の数は決して多くはない。だが、その全員の顔と名前と所在を把握しているわけではない。その知らない誰かが使ったのかもしれないのだ。ただでさえ所在を掴むための情報がないところに、移動魔法などを使われてしまってはもう打つ手立てがない。
絞って考えたせいで、かえって手詰まり感が強まってしまった。
俺は二人の家に戻った。
ドアの前でため息をしながらノブを回そうとしたが、鍵は開いていなかった。どうやらまだ戻っていない様子なので、借りていた合鍵で入った。家の中を探してみようか。と言いたいところだが、さすがに仲間とは言え家族以外にあちこち触られるのは嫌だろうと思いとどまった。
それに犯行現場は窓辺と揺りかご周辺だけだ。そこ以外に何かあるとも思えない。居間を抜け再び双子のいた部屋に入った。
双子の世話のために開け放されたままのドアを抜けて、ドア枠に寄りかかりぐるりと中を見回した。きっちりと閉められた南側の窓のガラス越しに春の午後の日差しが床に照り付けている。
窓を閉めてしまえば街の喧騒、暴徒と化した学生の音は完全に遮断される。先ほどの見かけた過激な運動はどこか遠い国のことのようだ。静かな部屋の床を焼く日差しの中で、温められて上る空気の影が揺れている。北側の窓近くに置かれた、日陰に置いてある空になったゆりかごの前で腕を組み悶々と再び考え事をしていた。
何かを間違えているよう気がする。俺はただ落ち着いているふりをしているだけかもしれない。
北の検問所で聞きそびれたことがある。双子の子どもは見なかったか、と聞きそびれたのだ。その時何を思ったのか、核心に触れるそれは尋ねてはいけないような気がしたのだ。金を握らせればべらべらしゃべる連中だ。逆もまた然りで、金を握らせれば嘘をついたり、黙ったりするかもしれない。
そこへキューディラが鳴った。今度はどうやらユリナのようだ。今朝のことを思い出して俺はあまり出たくなかった。大事な会議を中座してきたのだ。許可を得たとはいえ、あまり印象は良くないだろう。しかし、スルーを決め込むわけにもいかずしぶしぶ応答した。
「オイオイ、大丈夫か? こっちもマゼルソンが急にいなくなっちまって会議は延期だよ。珍しく謝って会議室から出て行ったぜ。どうやらテメェのせいじゃないっぽいが、関係あるんじゃね?」
彼女は予想に反して様子を窺うような声色で話しかけてきた。てっきり怒られるかと思った。内心ホッとした俺は近くの椅子に腰かけた。
「大丈夫じゃない。双子を完全に見失ったかもしれない」
「街から出ちまったのか?」
「たぶん。だが街から出た証拠がないから移動魔法かもしれない。それだと追うことができない」
ユリナは少し静かになった。しばらく間をあけると
「は? 何言ってんだ?」
とバカにしたような気の抜けた声でそう言った。
「移動魔法をどうやって追えばいいんだよ?」
「お前さぁ、なんか忘れてないか?」
ユリナは相変わらずの声のトーンだ。それにますます苛立ってしまい、椅子から立ち上がった。
「何をだよ!? ふざけんな! 他人行儀にしやがって!」
顔が火照るような気がして思わず怒鳴ってしまった。
「まぁ、そうカッカすんなや。余裕があるならクイズにしようかと思ったけどなぁ」
キューディラから風の当たる音が聞こえた。ユリナはため息をしたようだ。
「私らからすればむしろ使ってくれた方が探しやすいんだよ」
まだ挑発してくると思ったが、彼女が言った言葉に俺は止まってしまった。
「どういうことだ?」
「移動魔法の逆探知は共和国内に限ったモンじゃねぇ。共和国の技術ナメんな。一応連盟政府様に気ィ使ってそっちまで範囲を広げてねェだけだよ」
俺はそれを聞いた瞬間、めまいがした。それと同時に安堵のせいか、膝が震えだしてしまった。そうだ。共和国には移動魔法の逆探知があったことを思い出した。
部屋に差し込む日差しが漂う埃を強く眩しく、手に取れそうなほど光らせている。