ウロボロスの王冠と翼 第八話
窓は開いているが騒がしいはずの街の音は聞こえない。
手紙の内容が頭の中を覆いつくして、まるで耳が遠くなったような感覚に陥る。焦ると周りの音が聞こえなくなるのだ。落ち着かなければいけない。
手紙を読んだ俺は強く目をつぶって上を向き、大きく深呼吸をすることにした。十秒ほどかけてゆっくりと深呼吸をすればだいたいの場合は落ち着ける。五秒かけて大きく息を吸って、それから少し苦しいが五秒かけて吐く。息を吸うと焦りに震えていた手は治まった。
その後の五秒間の苦しみの中で俺は考えを巡らせた。犯人の目的はなんだろうか。手紙の内容から考えると、犯人が欲しているのは身代金といった金品ではなく双子そのものだ。双子を殺す意図はなく、彼の何かしらの目的に必要だから誘拐した様子だ。
そして、これは“彼”ではなく、“彼ら”の犯行と言うことがわかる。つまり単独ではないということだ。
しかし誘拐を実行した人間が何人かはわからないが決して多くはないだろう。そして錬金術師に育て上げると書いてある。彼女たちをそのようにしてどうするつもりなのだ。『連盟政府の未来のため』? 『高い生活レベルと高度な教育』? 『錬金術師の英雄』? 一体どういうことだ。
豊かに暮らせて高度な教育と聞くと幸せそうに聞こえるが、どうも嫌な予感しかしない。それこそククーシュカがそうだったように幼少のころに親元から引き離されて教育される特殊部隊のような響きしか感じない。
いや、これ以上先は考えても仕方がない。考えるだけでもぞっとする。豊かに暮らせるというのはとても幸せなことだが、そちらでいいなどということは無い。そして、親のエゴと言われても、アンヤとシーヴにはオージーとアンネリという血のつながった親元で普通に育ってほしい。
それに俺はこの二人をこれ以上悲しませてはいけない。血眼になってでも探し出さなければいけないのだ。しかし、どうやって探し出せばいいのだろうか。連盟政府には共和国の市中警備隊のような組織はない。それに相当する自警団も国や自治領の公的機関ではなくボラティアに近いので捜査能力はほとんどないに等しい。
行方不明になると職業会館へ依頼を出して探すこともできる。しかし、行方不明者の捜索依頼は対象者の生死が報酬額に影響することが多く不人気で、時間が経てば経つほど誰も触らなくなるのだ。つまり、一刻も早く見つけるためには自分たちで何とかしなければいけないのだ。
行方不明も誘拐も、捜索には数がものをいう。一人でも多くの人間が捜索に参加することが発見につながる。だが、最も動きやすい二人のオージーは呆然として、その横でアンネリは泣き続けている。
この二人が落ち着かなければ何もできないのだ。急がなければいけないのはもちろんだが、焦ってばかりではますます何もできなくなってしまう。この状態で「落ち着け」と言っても言葉通りにはなってくれない。
二人にわずかでも時間を与えるために俺は手紙をもう一度開き、ゆっくりと頭の中で読み上げた。さらに何か手掛かりが無いかもう一度封筒を裏返し、そしてまた表を向けて隅から隅まで調べた。しかし、上品な封筒に、上質な紙、差出人の手がかりになるような印字や箔押しはされていないこと以外に見つかるものはなかった。
だが、その間に二人は落ち着きを取り戻したようだった。オージーは自分を取り戻したのか、急に慌ただしくなり、アンネリはひくひくと喉を詰まらせるだけになった。俺は手紙を持ったまま二人の方へ振り向いた。
「二人とも、落ち着いたか?」
二人ともこちらを何も言わずにまっすぐに見ている。
「いなくなってから、まだ一時間は経っていないな?」と尋ねるとうんうんと頷いた。俺は連絡を受けてすぐにこちらに向かったし彼らも比較的早く落ち着きを取り戻したので、そう時間も経過していないはずだ。
「手紙の中身は読んだか? 双子はおそらく無事だ。それに、まだ誘拐犯は街の外には出ていないはずだ。最近の運動のせいで街の出入りが厳しくなったから簡単には抜け出せないはずだ」
「ならば街の検問所に行くべきだ!」
オージーは慌てた様子でドアに向おうとした。しかし俺はそれを止めた。
「いや、ダメだ。検問所は反対派の学生が勝手に作ったものだ。どちらの派閥に属していない俺たちに情報を簡単に提供するとは思えない。それどころか錬金術師の君らが行ったら面倒なことになる」
「じゃあどうするのよ!?」
アンネリは床にへたり込んだまま震えた声を上げた。取り戻した落ち着きをまたなくしてしまいそうになっている。目じりに涙を浮かべまた泣き出してしまいそうになっていたところに、オージーが傍に寄り添い落ち着きを取り戻した。
俺は口元に手を当て再び考え始めた。どこへ行った? 行くとしたらどこだ? そもそも誘拐の目的はなんだ?
手紙を読む限り、双子を錬金術師にしようとしている。わざわざ手紙を残すぐらいなので、恐らく丁重に扱われているはずだ。いや、そうであってほしい。そうでなければ動けなくなりそうなのだ。
しかし、思い浮かぶのは先ほどと同じことばかりだ。ヒントがない以上、思考は堂々巡りにしかならない。オージーにアンネリを立たせて俺は指示を出した。
「まず、街中を探そう。三人いるから三方向に分かれて捜索しよう。俺は中心部へ向かう。オージーは北、アンネリは南。探す時間は二時間。二人ともキューディラはあるな? 探したところが被らないようにできる限り連絡は取り合うように! それから活動している学生とは関わらないこと!」
そういうと散開し双子の捜索を始めた。