ウロボロスの王冠と翼 第七話
オージーとアンネリの様子を見に行った次の日のことだ。
共和国首都グラントルアは天気のいい初春の晴れの日で、春一番でも吹いてきそうな天気だった。俺はユリナとシロークの手伝いで共和国内の評議会議事堂にいた。アルゼンの引退を目前に引き継ぎ作業の手伝いを任されているのだ。
その作業の中には各省の代表者との面談があり、個別にしていては時間の無駄と言うことでマゼルソン法律省長官と引退目前のアルゼン金融省長官を評議会議事堂に呼び会議を行っていた。その場に俺がいた理由はよくわからないが、容疑者引き渡しに関しての話もあるからだろう。
午前中から会談は始まり、一時間ほど経過したときだ。俺のキューディラが突然鳴った。使用は移動魔法同様に許可が下りていたので、俺は部屋の隅にこそこそと移動し、会議中だと伝えようと誰からかを確認せずに応答した。
しかし、こちらが話す間もなく、「……アンヤが!シーヴが! アンヤとシーヴが! あたしの赤ちゃん!」と女性の泣き声が聞こえた。その声はあまりにも大きく、会議をしている場所から距離を取っていたが、その部屋にいたユリナとシローク、さらにマゼルソンにまで聞こえてしまったようだ。四人とも怪訝な顔をして俺を一斉に見た。
キューディラの主はアンネリだったのだ。泣き叫ぶさまは異様で、異常事態でしかないと思った俺はキューディラに覆いかぶさるようにして彼女に小声で問いかけた。
「アンネリ、どうしたの? 何があった?」
しかし、向こう側のアンネリは泣き続けるばかりで言葉になっていない。あまりにも必死な泣き声に俺まで焦りだしてしまった。再び呼びかけようとしたとき、衣擦れの音がするとオージーの声が聞こえ始めた。
「アナ、落ち着いて。イズミ君、突然申し訳ない。少し……、いやかなり緊急事態なんだ」
「何があった?」
「アンヤとシーヴが誘拐された」
声だけではわからないが、オージーは取り乱した様子はない。しかし、彼は緊急事態に陥ると真っ白になってしまうのだ。アンネリが負傷したときのようにまたなっている可能性が高い。
子どもが誘拐されたと彼は言った。彼らの子どもたち、アンヤとシーヴはまだ生後二か月だ。首が座るか座らないかの大事な時期に誘拐などされて乱暴に扱われてしまったら彼女たちの未来に関わる。
俺はユリナとシロークに許可を取る前に、二人にすぐ向かう、と伝えてキューディラをつなげたままにした。ユリナとシロークの耳元で起きたことを伝えると二人とも小さく頷いて俺に向かうように言った。やはり彼らは止めることはしなかった。
アルゼンも緊急事態を察したのか、何も言わずにこちらを見ている。しかし、部屋を出て行こうとドアを開けようとしたところ、マゼルソンが俺を引き留めたのだ。片眉を上げ不満気な顔をして、人差し指でテーブルをトントンと叩いている。
「どうしたのかね? 大事な会議を中座されると困るのだがな。和平より大事なことかね?」
俺は一度部屋から出るのをやめて戻り、ユリナとシロークの顔を交互に見た後、マゼルソンの方へ向いた。
「マゼルソン長官殿およびアルゼン長官殿、友人である錬金術師、ヒューリライネン夫妻の双子の娘たちが誘拐されたという報告を受けました」と言うと、マゼルソンはキッと俺を睨め付けた。そして「なんだと!?」と脅すように鋭い言葉が飛んできた。その威圧感にたじろいでしまいそうになったが、俺は続けた。
「双子はまだ生後間もないので、迅速な行動をしなければ生死にかかわります。自分は彼らの助力をしたいので、会議を中座させていただいてもよろし」「早く行きなさい! すぐだ!」
言葉を遮るマゼルソンは腕を振り回し、ドアを思い切り指さしながら、さながら怒鳴るように言った。中座を怒鳴られるかと思ったが予想外の言葉にしばらく止まってしまった。すると「何をしている!」と追加で怒鳴られてしまった。
慌ててオージーの家にポータルを開いて向かった。彼らの家の居間にでると、そこにつながる部屋の中から女性の泣き声がする。それはアンネリの声だ。ドアは開いており、風に少し揺れて油の足りない蝶番がきぃきぃと音を立てている。
ドアに駆け寄り中を覗くと、窓から差し込む光の中で床に膝から崩れたアンネリが両手を目で覆いながら大声で泣いていた。オージーはその傍を、腕を組んだまま行ったり来たりしている。部屋の窓は開け放されて、二階のあるその部屋に少し早い春の風を送り込み、白いカーテンを揺らしていた。
「大丈夫か!? 何があった!?」
「イズミ! イズミ! 赤ちゃん! いなくなっちゃったの! あたしのアンヤとシーヴが!」
アンネリは這うように俺の足元に近寄ってきた。俺が屈むと、彼女は肩に縋り付いてきた。落ち着くように言い聞かせながら、傍に立つオージーを見上げた。
「オージー! なにがあったんだ!?」
「イズミ君、すまない。ちょっと頭が混乱しているんだ……」
縋り付くアンネリを引きはがして立ち上がり、オージーの肩に手を載せた。やはり彼は緊急事態に呆然としてしまっている様子だ。
「待ってはいられない! 五分前に何が起きた!?」
強引にゆさゆさと揺すると、ゆっくり口を開いた。
「双子が……、いなくなった……」
「それだけで十分だ! アンネリ、話せるか!?」
オージーから手を放し再び屈んでアンネリに尋ねた。
「換気しようと、窓を開けてドアの方に行ったら、背中を向けた間にいなくなってた!」
「それだけか!?」
「手紙! 手紙が!」
「手紙!? どんな手紙だ!」
アンネリは息をのみながらゆっくり手を挙げてゆりかごの中を指さした。
俺は慌てて近寄りゆりかごを覗き込むと、上品な赤い封筒が置かれていた。震える手で持ち上げると、紙の匂いなのか透き通るような独特な匂いがした。封蝋を無理やり引きはがして中身を読んだ。
“連盟政府の未来のために、あなた方のお子様は預からせていただきます。ご安心ください。殺したり、健康上の不安に陥れたりはいたしません。あなたがたよりも高い生活レベルを提供し、高度な教育を受けさせます。将来は錬金術師の英雄となり、きっとあなたがたも誇らしいと思う日が来るでしょう”