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ウロボロスの王冠と翼 第六話

 オージーは困ったものを見るような顔でストスリアの町の様子を語った。


「ストスリア謹学主義なんて初めて聞いたよ。なんのことやら……。だが、まぁ、おかげでフロイデンベルクアカデミアは静かだよ。運動に参加したい学生もそこそこにいるのでね。運動はほとんどストスリア中心街で行われるから、みんな時間をかけてわざわざ寮から出かけていくからな。最近はアナと四人で、そっちで過ごしていることが多い。グリューネバルト卿にもしばしば会うから、先生も喧噪から逃げてきたのだろう」


「そうそう、エイプルトンの活動を指導してる、なんかそれっぽいのから連絡も来たのよ。学閥解体を目指す我々は平等に問う、あたしらはどっちなんだーって。人のこと山狂い(ベルグボルクト)とか鈎嘴(かぎくちばし)とか馬鹿にしてたくせにねー」


 アンネリは双子を抱き、ゆっくりと揺らしてあやしている。まだ双子は小さく、アンネリの腕の中にすっぽりと、暖かそうに納まっている。双子は嬉しそうに、あい、やいや、と声を上げた。


 俺はアンネリの言葉に思わず苦笑いしてしまった。この二人はエイプルトンからフロイデンベルクアカデミアに進学するという、名門から名門へと渡り歩いたある意味誰も何も言えないほどの最高学府の学閥にいるのだ。名門となればなるほど、学閥の力が増すのはこの世界も同じだ。山狂い(ベルグボルクト)と邪険にしつつも、しっかり聞きに来る辺り学内の強いつながりを感じざるを得ない。


 窓から聞こえる街の音は、誰かが大きな声を上げているのか、聴き取れはしないが人の声がする。穏やかに話すものではなく、何かに攻撃的に当てつけるようにしている。それだけで済むならいいのだが、時々遠くで爆発音もするのだ。各派閥が抗争を起こしているのだろうか。魔法を使える分、派手なものになっていそうだ。


 しかし、機動隊や警察組織のないここではそれを一体誰が止めるのだろうか。時間だけだろう。二人の家は街の中心部からは離れたところにあるのだが、そこまで聞こえてくるほどだ。中心部はいったいどれほどの大騒ぎになっているのだろうか。


「二人とも、大丈夫そうだな。街の物資の搬入もかなり制限されてるって聞いたけど、物は足りてる?」


「心配かけて申し訳ない。今のところ問題はない。中心部に行かなくても物は買えるのでな。そこで買えない物はノルデンヴィズまで買いに行っているよ」


 アンネリは双子をオージーに預けると、物干し竿から洗濯物を回収し始めた。窓へ向かう彼女の背中を俺は思わず二度見してしまった。

 なぜなら、アンネリが当たり前のように使っているその物干し竿は、よくよく見ればブルゼイ・ストリカザだったのだ。かご一杯ほどの服の回収が終わると楽し気に鼻歌を歌うアンネリがそれをひょいと持ち上げて、壁に立てかけた。壁からぽろぽろと破片が落ちている。軽々扱っているが、家の床をぶち抜くほどには重たいものなのだが。


「アンネリ……、それ軽いの?」

「どれ? ああ、あの槍? 軽いわよ? 長さもちょうどいいし、物干し竿に使ってるわ。不思議よね。どれだけ洗濯物かけても全然たわまないのよ」


 それは一応英雄たちが相棒として戦地で振るっていたものなのだが……。


「マジですか……」


 思わず言葉が切れてしまった。


「ははは、すまないね。アナが妊娠中に便利だと言って使い始めたのがきっかけでね。アルフレッドさんに返さなければいけないのに」


 オージーはすまなそうに後頭部を掻いている。アルフレッドに返すつもりなのだが、ゆっくりでいいと言われているので、現状で危険がなければそれでいいのだが。


 だが、わかることがあった。アルフレッドを除いて、あの槍を軽々と持ち上げられたのは、オージー、アンネリ、それからリクハルドの三人だ。三人は共通してスヴェンニーである。アルフレッドが言ったように、スヴェンニーとの関連性がだいぶ深いもののようだ。


「あー、ま、その、用途が終わったら、ブルンベイクに返しに行こう。取り扱いには十分気を付けてくれ。とりあえず今日は帰るよ。何かあればすぐに連絡をくれ」


「イズミ君、ご飯は食べていくかい?」


「いや、エンリョしておくよ。まだやることがあるのでね」


「そうか。君も忙しいね。早く蹴りが付くといいが」


 頷いて立ち上がり、俺はドアに向かっていった。「おつかれー」とアンネリの声が背中から聞こえた。


 過激な抗争が起こっているが、この二人は無事に生活できているようだ。俺はそれを確認するために手伝いと称して二人の元を訪れたのだ。気温も上昇して、これからはもっと暖かくなる。子育てをするにはいい季節がやってくる。

 時間が経てば、そして俺たちがラジオを始めれば、共和国のエルフたちの正しい情報が連盟政府全土に次第に広まり、和平への動きが活発になるだろう。そうしたら、学生たちも杖を置き、再びペンをとるだろう。


 梅の季節はとっくに終わったか。でも、この世界には桜はないんだよな。

 世界が落ち着いたら、俺もこの世界に腰を据えようか。二人のように家族を持つなんてのもいい。

ポータルを開き、俺はノルデンヴィズへと戻った。



 しかし、そう思っていられたのは、その日までだった。


 和平交渉の裏で事件は起きる。

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