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違う。お前じゃない。 第四話

 三日目の朝のことだ。

 そろそろ動き出そうかと起き上がり鏡の前で歯を磨いているときだった。すさまじい頭痛にさいなまれ、立ちくらみに耐えきれず床に崩れ落ち歯ブラシを落としてしまった。その直後キーンとまるでマイクをハウリングさせたような音が頭の中に鳴り響いた。


「コラ! あんたなんでいないのよ! 出席うるさいって言ったじゃない!」


 割れた音で女神の声がギャンギャン聞こえる。水の張ったボウルの置いてある低い棚に手をかけ立ち上がった。


「め、女神さまですか? すいません。な、何のことですか?」

「とぼけないでよ! 本当にうるさいんだから。賢者になれなくなっちゃうよ」

「はぁ」

「えっ、本当に知らないの? 集会があるって各班リーダーには伝えたんだけど」

「本当の本当に知らないです」


しばらく、頭の中は無音になった。


「……そっか。シバサキくんだったね。ごめん。あたしのリスクマネジメントの甘さのせいだわ。次回からあんたには直接伝えることにする。そんで、あんたからもあたしにアクセスできるようにするわ。大事なポスト賢者なんだし。さっさと着替えて!」


 女神に急かされ着替えぼさぼさの髪のまま、まだ寝ぼけていて何が何だかわからないうちにどこだかわからない森の中に瞬間移動させられた。


 朝の森は静かで気持ちがよく、鳥の……


「あっ!? ダメじゃないか、新人! こんなところに勝手に来ちゃって! ここは今選ばれた人間しか入れないんだよ! 顔に歯磨き粉付けた君みたいな一般人が入っちゃダメなんだよ。ほらしっしっ」


 さわやかな空気がぶち壊しになった。目の前にはシバサキがいる。俺を見つけるや否や瞬間湯沸かしのように怒りだし顔を真っ赤にして大声を上げた。勇者の集会で出席もかなり厳密とこの間聞かされていたので、シバサキがいるのはわかる。だが、なぜ女神は広さのありそうな森の中でこの男のすぐそばを移動先に選んだのか。まだ俺自身でも説明できるほど目が覚めていないのに、この男に現状を説明せざるを得なくなった。


「あの、そのことでシバサ」

「ほら早く! はやーく! もう始まるから! 道わからないの? 仕方ないな、時間ないけど連れて行ってあげるから! 本当に君は迷惑しかかけないな!」


 話を聞かない人と言うことを長い休みのせいで忘れていた。だんだんと無駄に大きな足音を立てこちらに向かって歩いてきて、ありえないほどの力で右手首をグンッと引っ張り、出口があるのかシバサキが向かっていた方向と反対側へ連行しようとしている。立ち上がるのは間に合わず、二メートルぐらいずるずる引きずられてから体勢を整えた。


―――勇者シバサキよ、そのものはそこにいさせなさい。あなたのことを思ってきたのでしょう。私は一向に構いません。


しかし、エコーのかかった女神の声が聞こえた。それを聞いてシバサキは腕の力を少し弱め立ち止まった。

 本当は女神に連れてこられたのだが、そこは『すべては自分自身のためにある』というシバサキの思考パターンを汲んだ大人の事情でそういうことにしているのだろうと察しはついたので黙っていよう。


「女神さま、申し訳ございません。そうおっしゃられますが、やはりこの神聖な選ばれしものの特別な儀式、やはり部外者は入れるべきではありません。今すぐつまみ出しますので」


チッ―――勇者シバサキよ。そなたの伝統を重んじる心、しかと受け止めた。しかし、ことは一刻の猶予もありません。そのものはそこへ


女神さま舌打ちしたよね? 弱まったとはいえ腕はがっちりと握られていて痛い。


「しかし、そうはおっしゃられましてもこの許されたもののみが受けることができる女神さまより賜いし神託。何の変哲もない、このただの魔法使いなどに聞かせても意味などありません。今すぐ帰らせますので」


タンタンタンタン―――勇者シバサキ、そなたのいいたいことはよくわかります。威厳を守るために厳正に行われるべきであるというのは見習うべき心意気です。しかし、もう時間もあまりありません。その魔法使いはそのままにしておきなさい。タンタンタンタン


女神さま、貧乏ゆすり、貧乏ゆすり。シバサキの握る力が再び強くなっていく。


「でもやはり、女神さまの偉大なる神託をこの者に聞かせる意味などございません。聞く意味と使命を持った者のみが受け取るべきだと自分は考えます。今すぐ追い出しますので」


―――…。チッ


 今度の舌打ちはシバサキにも聞こえていたようだ。舌打ちと同時に肩がびくりと持ち上がった。


「おい、新人! お前のせいで女神さまがお怒りになったじゃないか! きちんと謝ってさっさと消えろ! クズ!」


 眉間にしわを寄せ恐ろしいほどの剣幕で声を荒げている。気迫に押されごめんなさいと思わず言ったのだが、自分でもわかるほど反省の色が見られない空っぽのゴメンナサイだ。それにシバサキも気づいているのか、小さい声で、なんだよ、というのが聞こえた。


だが、今度は切羽詰まった顔になり、小刻みに震えだして、


「しまったな……。これは非常にまずいぞ。大変なことになった。まったく、僕が責任を取るんだぞ。僕が勇者じゃなくなったらお前らも生活できなくなるんだぞ!? 女神さまには僕からもきちんと正式に謝罪しておくからさっさと帰れ!」


 右から左へと豊かに表情が変わる忙しい上司様だ。力強く握られていた腕を投げ捨てるように放され、前のめりの転んでしまった。一体どれだけの力を込めていたのか、つかまれていたところを見ると怪談話に出てくるような紫色の指と掌の形がくっきりと浮かんでいる。幸いにも痛みはない。


 集会がもう少しで始まるようだ。出欠席に関してはどうなったのだろうか。女神に確認を取りたいところだが、開始直前に呼び止めるのは自分がされたら非常に不愉快だ。一応顔も出したことだし出席になっただろう。この場にとどまりシバサキに再びうっ血班を刻まれるくらいなら帰ろう、今度は顔面か頸部だろうな、と思い、さきほど連行されかけた出口の方向に向かって歩き出した。

読んでいただきありがとうございました。感想・コメント・誤字脱字の指摘・ブックマーク、お待ちしております。

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