ウロボロスの王冠と翼 第四話
すぐさま共和国に戻り、知り合いの占星術師の協力を取り付けることにうまくいったことをユリナとシロークに伝えた。ラジオの計画に共和国が関連していることを考慮して、ダリダの名前は伝えず、技術的な物はすべて俺に一任してもらえるようにして共和国中枢と彼女を引き離すことにした。
費用は掛からないが、実行までに時間がかかることに難色を示したが、ほかに方法が思いつかないのでそれを無理やり飲み込ませた。掲示板機能の信頼性の低さから乖離させるために、ラジオに関しては掲示板機能と仕組みは同じだが全く別物として扱うことにした。
マジックラジオとかマジカルラジオとか、壊滅的なネーミングセンスしかないのでとりあえず、名称は『ラジオ計画』にした。それからすぐに計画を作り上げ、翌日には動き出した。
システムの構築には時間がかかるので、その間に最初に放送する曲を集めることになった。だが、それが困難を極めたのだ。かける曲は共和国の流行歌だけでは……なんとなくまずいと言うことになり、連盟政府側からも集めることにした。
しかし、これが特に大変だった。何せ俺は連盟政府のことを何も知らないのだ。首都に行ったことがないどころか、首都の名前も知らない上に、連盟政府の国旗すら知らないほどだ。
つまり、共和国ではグラントルアでブイブイ言わせていたが、連盟政府ではとんでもない田舎者なのだ。
流行り物、といえば商人に聞くのが一番で、レアに頼めば簡単である、とはいかない。政府から独立しているが、トバイアス・ザカライア商会はあまりにも規模が大きすぎる。光にはよく当たるが、その分影も長く大きく伸びるのだ。
レアにラジオ計画のことを伝えてしまうと商会上層部にも伝わり、彼らの思惑が絡むのは間違いないのだ。そうなると自由度が下がる。再びレア個人でまた頼めばいいというわけにはもういかない。
“双子座の金床計画”で彼女は最後の最後まで秘密を守り、上層部との駆け引きの綱渡りをしてくれた。これ以上彼女に秘密を押し付けるわけにはいかない。商会の広告を打たせるという条件でそれ以上の介入は防げると可能性を指摘されたが、相手は商人だ。それだけで済むわけがない。
それに商会は共和国との和平に対して肯定的なのか、否定的なのか、立場をあまりはっきりさせようとしない。まだどちらほうが商会へのメリット高いのか様子を見ているのか、それともこれからもふわふわとどちらでもないままで行くのか、どちらかなのだろう。
流行歌の回収にあまりにも難儀したのでユリナとシロークに相談した結果、結局商会を通じて連盟政府の首都での流行歌の録音されたマジックアイテムを取り寄せることになった。兵器関連ではないので商会も二つ返事で了承した。
表向きは共和国内に人間の文化を紹介するためと言うことになった。そして、この取引がトバイアス・ザカライア商会と共和国政府との公式な最初のものとなるのだ。つまり、商会が共和国への販路開拓をするための最初の一手となるわけである。
取引の場にはあえて共和国メディアを呼び寄せ、取材させて大々的に報じさせることにした。流行歌の録音されたマジックアイテムは文化紹介のためという印象と商会は和平に前向きであるという印象を植え付けるためだ。
取引は共和国への出入りの経験があるレアが行ったが、それは彼女個人での取引ではないことは、二人と話を進めるとき妙に腰が低く丁寧な態度の彼女のお手本のような対応を見る限り、背後に彼女さえも押しつぶしてしまいそうなほど大きな何かがいるのがびりびりと伝わってきた。
もちろん、彼女にはラジオのことは伝えていない。俺は隠し事をしているとすぐ顔に出るので、その取引はシロークとユリナに任せて、部屋の隅でメディア関係者に紛れて様子を見守っていた。
無事に届けられたマジックアイテムは、ラジオ放送が始まるまでは共和国内のギンスブルグ家に置いておくことになった。購入後しばらくしてアフターサポートとして商会に利用状況を確認されるはずだ。監視と、どういう利用傾向があるかを確かめて市場調査する意味合いもあるのだろう。そのときに手元にないとなると面倒なことが起きそうなので、しばらくの間の管理は二人に任せることにした。
ダリダに依頼した掲示板機能のシステムの変更は少し面倒なことになっていたらしい。秘密を条件に商会に権利を売ったので、再び手を加えるとなると色々手続きが必要だったそうだ。権利について把握している商会上層部はほとんどが引退もしくは死亡していたため、書類を見つけるか彼らの言質を取るまではすぐに話は通らなかったそうだ。
そして、何をどう変更するのか具体的な計画書を要求されたらしい。そこはさすがのダリダで、『新たに発見された致命的欠陥の修正』と名前を付けて『開発当時の検証では技術的に発見できなかった、ユーザーから寄せられた利用情報を元に発見された使用時の第三者介入の可能性の検証と、欠陥の修正を目的としている。大幅な改修が見込まれるため、欠陥の修正により機能に予想だにしない変化がみられる可能性がある』という報告書を提出したそうだ。
商会が興味を持つであろう、キューディラの傍受について欠陥とは書かずに、可能性とするあたり流石としか言いようがない。そして、その報告書の中で横文字を大量に使い技術的な情報の洪水を起こして上層部の首を縦に振らせたそうだ。手続き関連での問題以外は特になく、順調に進んでいるとのことだ。
そうこうしているうちにアンネリは出産をした。
女神が言った通り、元気な双子の女の子が生まれてきた。彼女たちはアンヤとシーヴと名付けられた。ひぃふぅみぃ、と指折り数えても少し早いような、気がしないでもないような……。とにかく、無事に元気いっぱいの双子を生んだ。
そしてノルデンヴィズのカトウの話では、なぜかウミツバメ亭のお客の多くが和平についての話をすることが多くなったそうだ。だが、数人から聞いた情報では正しいものもあれば荒唐無稽なものもあった。
しかし、和平を求めてきたということは共通していたのだった。俺はそれをユリナとシロークに報告し、情報の拡散の秘密を探るよりもそれを利用することにした。うまく利用できれば、ラジオ計画の負担が減らせるかもしれないからだ。