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ウロボロスの王冠と翼 第三話

 会議の後、俺はマリークには会わずにすぐ戻った。彼との約束で、今度会うときはぴったりの杖を持ってくる、と言ったからだ。彼に渡せる杖をまだ見つけられていない。屋敷の窓から外で遊ぶ彼を横目に帰ることにした。


 しかし、彼に直接会わないようにしている理由はそれだけではない。彼を含めた子どもたちに先の選挙戦での出来事がどのような影響を与えたのだろうか。話をすることでそれが表面に浮き出てしまい、気が気でなくなってしまいそうだからだ。

 マリークは父親が金融省長官になる。これは一安心だ。だが、巻き込まれた子どもは彼だけではない。ザ・メレデント紙の社長の息子シモン、リボン・リバース団のチャリントン(後で名前を知った三人の中の太っていた子)、強硬派の子どもたち、そして、オリヴェル・カールニーク……。

 特にオリヴェルは今回の選挙戦でかなりの不幸な目に遭った。彼の家庭は強硬派だが、彼は選挙戦の後半に危険を顧みず強硬派を裏切るようなことをした。そのおかげでシロークは当選し、加えて帝政支持者のあぶりだしもできたのだ。

 しかし、家庭内での教育方針に反することをしてしまった彼にはどのような処罰が下されたのだろうか。そして、強硬派と帝政支持者が同じものという誤解も世間に広まってしまった。生粋の強硬派ではあるが帝政支持者ではないカールニーク家がどうなったのか。それが不安で仕方がない。俺はオリヴェルが、カールニーク家そのものがどうなったのか怖くてユリナに聞くことができなかった。


 ポータルを抜けて一度ノルデンヴィズに戻った。共和国の移動魔法の逆探知で行動を探られないようにするためだ。しかし、そこで休憩などしてしまうと、オリヴェルのことで不安になってしまうので、すぐにブルンベイクのダリダの元へと向かうことにした。


 ブルンベイクはまだ寒く、日陰以外でもあちこちに雪が残っている。昼間に溶けた雪が夜に再び固まって、を繰り返しているようだ。もう午前中も終わりごろだが、日陰の石畳には黒光りのアイスバーンができている。

 表の店舗から入るのではなく、裏に回りノックをするとドアが開きエプロン姿のダリダが顔を出した。そして俺の顔を見るなり笑顔になり、急な来訪だったが迎え入れてくれた。モギレフスキー家はいつもカモミールティーの良い匂いがする。部屋の中から漏れる暖気に混じったその香りに少しだけ落ち着きを取り戻し、早速俺はダリダにラジオのことについて相談した。


「ラジオが何なのかわからないけど、変わったことするわね。いいわよ? 手伝ってあげる」


 すると、話を一通り聞いた彼女は、二つ返事で了承してくれた。


「ありがとうございます。でも、どうするんですか? これのシステムが良くわからないって聞いたんですが」


「掲示板機能に音声をのっけて、一方通行にするなんて簡単じゃない」


 俺のカップが空になったのをちらりと目で見たのか、立ち上がりティーポットを取りに向かった。そして、背中越しに彼女は言った。


「だって、掲示板機能を開発したの私よ?」


 何と言うことだ。驚いた。絶対秘密で維持管理しかされていないと思っていたそれを作り上げた張本人がこんなに身近にいるとは。ハムとピーナッツどころか、カツが入っていたようだ。残り一口になった紅茶に口を付けようとカップを持ち上げていた手が止まってしまった。


「えっ、誰かわからないって聞いてたんですけど」


 ティーポットを持ってきてお替りを入れると、向かいの椅子に再び座った。


「確かに秘密ねー。でも、商会の一部上層部に秘密を条件に売ったのよ。それに知ってるのもごく一部だし、年齢的なものでその人たちもどんどん、ね」と彼女は言った。秘密をこんな風に無碍に話していいのだろうか。


「お、俺も知らないふりしたほうがいいですね」


「そうね。でもいまさら、開発したのは私だ! なんて言っても変な目でしか見られないけど、ふふふ」


 テーブルに肘をついて微笑んだ後、少し黙り込むと付け加えた。


「でも、手伝ってあげてもいいけど、条件が一つあるわ」


「なんですか?」


 陽も高くなり人通りが多くなった窓の外の通りを見ながら、遠い目をして言った。


「連盟政府には属さないでね。……と言うよりも、どこかの国に属さないってことは約束して」


 俺はぎくりとした。それを必死で隠そうとして咄嗟に顔を擦った。実は彼女に説明をするとき、ユリナとシロークのことは伏せておいたのだ。嘘はついていない。だが、隠し事をしている。


「わかりました。いや、なんとなくわかります」


 連盟政府に正しい情報を発信するために立ち上げる。どこからも独立してやることに変わりはないが、共和国側が大きく関与しているとも言い切れない。しかし、これから立ち上げるとなると障害にぶつかるのは間違いない。そのときのために大きな力があってもいいのではないだろうか。そう自分に言い聞かせるが後ろめたさは背筋に張り付いて取れない。首筋が気になりさすった。


「それで、どれくらいかかります?」


「簡単なことは簡単なんだけど、時間はかかるのよ。そうね……。だいたい、四、五か月くらいかかっちゃうかしらね」


「費用はいくらぐらいですか?」


「あら、タダでいいわよ。ちょちょっと書き換えて実証試験繰り返すだけだから」


「いや、でも、色々必要になるんじゃないですか?」


「特にないわ。そうね。強いて言うなら、必要なのは時間かしら」


 人差し指を唇に当てて視線を上げてそういった。

 それは俺ではどうしようもできない。話がうまく流れそうになったが、そう甘くはなかった。それが顔に出ていたのかダリダは微笑みながら言った。


「でもアルフが店に一生懸命になり始めたから、私の時間もだいぶ増えたのよ。フロイデンベルクアカデミアにも最近いかなくなって暇と言えば暇だから」


 再び彼女は微笑んだ。どうやら気を使っているわけではなさそうだ。この人は研究者でもあるから、何かしていたいという気持ちもあるのだろう。それに特異な体質のこともある。


「そうですか。では、お願いしてもよろしいですか?」


「いいわよ。エンリョしないで」と親指と人差し指で丸を作って、ウィンクした。


「お願いします。それで話がうまく進んだことを仲間に伝えなければいけないので、今日は帰ります」


 後ろめたさに背中を刺され、目の前のダリダの笑顔が心に突き刺さる。俺は一刻も早く店を出たかった。俺がいそいそと上着を取り上げて帰り支度を始めると、彼女は言った。


「あら、今日はご飯食べて行かないの? アニエスもアルフも会いたがってるわよ?」


「いえ、まだ仕事中なんで、さすがに。近々また来ます」


 そういうとふふっと微笑んで送り出してくれた。

 アニエスに会うのがこっぱずかしく、少し逃げだそうとしていた俺には気づいていないと思っておこう。

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