マイ・グッド・オールド・ホームタウン 最終話
昨日の夜はうっすらと雪が降っていた。
明け方になり気温も上がれば消えてしまいそうな白い夜もだいぶ更けた頃、八人の男たちがどかどかと店にやってきたらしい。揃いも揃って全員ががっしりとした体つきをしていた。
見てくれから判断すると彼らはどうやら依頼を受けて生計を立てている冒険者たちで、戦闘を行うような服装をしていてお世辞にもきれいではなかった。ウミツバメ亭は冒険者たちもちょくちょく利用する店なのだが、雰囲気が良くて安くて美味しい店 (カトウがそうしていった)なので着替えてくるなどして身だしなみには気を使ってくれていた。しかし、彼らは構うことなく、血が付いていたり刃こぼれしていたりする武器を携えて、さらに少し偉そうにしていたのだ。
バータイムの真っ最中であり時間帯的にカップルばかりだったので相当浮いていた。機嫌もあまりよくなかったようで周りを見て舌打ちを繰り返したので雰囲気もすっかり悪くなってしまい、他のカップルたちはそそくさと帰ってしまったらしい。
しかし、店側としては客を選ぶような印象を与えてしまうため追い払うことはできないので、マニュアル通りにして接触を持ち過ぎないように彼らの注文を聞いたそうだ。酒を大量に注文して、飲み始めてしばらくすると酒が回り気が大きくなったのか、会話の声も大きくなり始めた。そのおかげで内容は全て聞こえたらしい。
話の内容からすると、その男たちは全員勇者でありそれぞれどこかのチームのリーダーで、チーム運営について話し合いをしているようだった。仲間の僧侶の女の子がヤラしてくれないとか、魔法使いが反抗的すぎて使えないとか、酔っているせいかひとしきり下世話な話や愚痴をした後、全員ため息をしていた。
話してはため息、話してはため息を繰り返していたので、盛り下がっていったようだった。落ち込むだけ落ち込んだ暗い雰囲気の中で、そのうちの一人が、これからどうすると言い始めたのだ。するともう一人の男は、俺たちは失業した。どうしたものか。力を使って金を稼がなければならない。略奪できるうちにエルフの縄張りに行って略奪でもするか、と言い始めたそうだ。
だが、すぐさま別の男が、やめとけって。聖架隊がそれ関連で動いてるらしいぞ、とそれを止めた。そして、それならばイスペイネの古典復興運動の鎮圧でもするか、と提案したが、一同は腕を組んだまま渋い顔をして黙ってしまった。どうやらイスペイネまでの旅費にもならないからやりたくないようだ。そして再びため息をしたそうだ。
静まり返り飲み食いする音だけになったあと、また別の男がそういえば、と何かを思い出したように話を始めた。誰かが何かの会社を作るらしくて、それに参加してみるのはどうかと提案していた。すかさず別の男がどれくらい貰えるのかと尋ねると、その会社は勇者経験者の従業員を募集していて、給料が支払われるのは月一でこれまでのように毎日職業会館で受け取ることはないがかなりの金額がもらえるらしい。と言っていた。
さらに、新聞を扱うから人数も多いほうがいいそうだ。この場にはいないが、48人の勇者たちの中の誰かが中心となって興そうとしている会社だ。と他の者たち全員を見回すように言ったそうだ。その中心となっている人間の名前はついに言わなかったのでわからなかったそうだ。
「まぁ、それなりに飲み食いしてくれたし、きちんとお金置いて行ってくれたからいいんスけどね……」
話が終わるとカトウは困ったように笑った。
嫌な予感しかしない話だ。エルフを襲おうと画策するなど、まだ敵が醜く、文化や共同体を成していないものだと思い込んでいる故の発想だろう。俺が危惧した勇者たちのシバサキ化が現実味を帯びてきているような気がする。
「……ふぅーん」
それに、新聞はまだ連盟政府にはないはずだ。カトウは日本にいたから新聞の存在は当たり前のように話しているが、元からこの世界にいる住民からすればそれは未知なもののはずだ。それをなぜ勇者たちが話しているのだろうか。
新聞を知っているであろうシバサキと俺以外の日本人勇者は拠点を首都に置いていて、かなり派手な性格らしく、汚い恰好のままこんな片田舎へわざわざ来るとは考えられない。
話を聞いた後、深々と鼻を鳴らしてしまった。それを見たカトウは何か察したのだろうか。
「あれ? センパイ、なんか心当たりあるんですか?」
「あると言えば、あるかなぁ……、そういえば、セイカタイってなんだ?」
グラスを傾けると、氷がカランとなった。
「聖架隊って諜報機関らしいッスよ。カップルが噂してたッス。秘密結社にまた銃弾喰らうことになるんスかね?」
カトウはへへへといたずらに笑った。カップルの男が女の気を引くために面白おかしく話したただの都市伝説か。
「テメェこの野郎。いてーんだぞ、アレ」
その後、残っていたウィスキーを飲み干して俺は家路に着いた。
もう四、五日もすれば年も明ける。終わりに近づいたというのに気がかりが増えてしまった。新しい一年は平和だといいが。
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