マイ・グッド・オールド・ホームタウン 第六話
「っしゃせー……ってあれ!? イズミ姉弟じゃないスか!? お久しぶりッス!」
陽が沈んだ後にウミツバメ亭のドアを開けると、暖かい空気と陽気な声が体を包み込んだ。以前よりも色が白くなったカトウがバーカウンターから笑顔で迎えてきた。かつてしていた日光浴は止めたのだろう。
「こんばんは。カトウくん。今日はちょっと素敵な夜なの☆うふっ」
前を歩いていた俺を追い越し、女神は人差し指を頬に当て上機嫌にウィンクするとくるくる回り、スカートをふわりとフレアさせた。そして上品にカウンターの椅子に座った。
「本当ッスか? それはオレも腕によりをかけないとッスね!」
「あら! じゃあ、たっくさんお酒飲みたいわ!」
「……んなわけにいかないでしょ。まだ終わったわけじゃないんだから……。この間みたいに二日酔いにならないでくださいよ?」
「センパイ、何しけたツラしてんスか? お姉さん嬉しそうなのに悪いッスよ?」
俺は女神の隣の椅子に座った。そして、ノリ悪いッスね、と言うカトウに俺はウィスキーを頼み、女神はビールとナッツを頼んだ。ここに来るとそればかり頼む。
出るのは相変わらず素早く、五分もしないうちに二人の前にアルコールが出てきた。カウンターに載せていた手をぱたぱたさせていた女神は出てくると、ぱっと頬を緩めた。さっそく女神はビールの入ったチューリップグラスを素早く手に取り、高く持ち上げている。
「と言うわけで乾杯!」
「乾杯。何がと言うわけなんですか?」
グラスを少し上げて乾杯をすると、女神は目を閉じながらごくごくと喉を鳴らしうまそうに三分の一ほど飲んだ。そしてため息を漏らすと、
「いやいや、イズミ君、本当にありがとうね。あたしは役員になれたし、おまけにこの不良債権と化していた世界に平和をもたらしてくれて」
と目を潤ませながら言った。
「さっきも言いましたけど、まだ和平が成立したわけではないですよ?集会もかなりいい加減でしたね。そういえばいろいろ聞きたいんですけど」
そういうと笑顔になり体ごと俺の方へ傾けてきた。
「なになに? おねえさんに話してごらんなさい。あ、でも、サイズがなくてブラジャー買うだけでもアメリカに行く必要があるバストサイズは秘密よ」
「はいはい、ハワイまでブラジャー買いに行ってたおねいさんに真面目なことを聞きます。ブルゼイ族って何ですか?」
しかし、聞いた内容があまり気に入らなかったようだ。ころりと顔色を変え、頬杖を突いた。そして、口をわずかにへの字に曲げて、グラスの淵を指でなぞり始めた。
「んー、始まりの五大工の一族よ。北風を追いかけた人たち」
「じゃあブルゼイ・ストリカザってのは?」
「槍。特別な。スヴェンニーの秘宝。ああ、もぅ、そういう話は止めましょ。あんたの英雄譚カトウくんに聞かせてあげなさいよ。左肩に銃弾受けたとか、爆破に巻き込まれたとか」
あまり話したくないのか面倒くさいのか、俺の話はごっそりと流されてしまった。
「センパイ、この半年でそんなことになってたんスか!? すごいッスね! なんか、ラッパーみたいじゃないですか!」
俺の失敗談に近い英雄譚にカトウが目をキラキラさせて興味を持ってしまったので、話ざるを得なくなってしまった。共和国側で……、としぶしぶ話を始めたが、カトウも当然ながら共和国と言うものを知らないので、そこから話を始めることになった。
そうこうしているうちにだいぶ時間も経ってしまい、女神も何杯か飲んでいたのでだいぶ酔っぱらってしまったようだ。もう話は聞くことはできないだろう。そして、俺の話が終わるころには彼女はしっぽりと出来上がっていた。うつらうつらと揺れ始めて付いていた頬杖から真っ赤になった顔を何度も落としそうになった後、思い出したように起き上がり帰ると言い出した。
それから、またしても会計を雑に済ませてカトウに手をひらひら振りながら「少し多めにおいていくから、イズミ君はそれで続きを飲みなさいねぇ」と目を虚ろにさせている。そしてフラフラしながらドアに向かっていった。
この人は一応女神なので、ドアの外まで送ってさえ行けばあとは何とかするのだろうと思い、俺は千鳥足の彼女の肩を支えた。長い髪の毛が頬の前にくると、オリエンタル系の香水の時間が経った匂いとタバコの匂いが混じったような、少し疲れた大人の匂いが鼻を通り抜けていく。その匂いを嗅ぐと、これまで彼女にかなり苦労を掛けさせていたような、そんな気分にさせられた。
それにしてもベロンベロンに酔っぱらっているが、この人は自分の世界に帰れるのだろうか。吐息に混じる酒臭さに不安になった。しかし、店のドアに近づくと女神は「手続き的な意味合いもあるけど、半年、残した意味は分かるわね?」と耳元ではっきりと囁いた。
俺ははっとした。それはもう一人の部長女神の件だろう。集会についに姿を現さなかったシバサキとの繋がりについてまだ解決できていないようだ。俺は、彼が移動魔法の法則を無視した使用をしていたことを思い出した。
「共和国金融省での爆破事件のとき、見ていましたか?」
そう尋ねると、視線だけをこちらに流して小さく頷いた。
店のドアを開けて外に出すと、彼女は無表情でシャキッと立ち「また連絡するわ」と言った。
「指示があれば、では気を付けて」と言って瞬きをすると、彼女はいつの間にか姿を消していた。
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