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マイ・グッド・オールド・ホームタウン 第五話

 その日のパン屋の店番はダリダとアニエス。


 Closeの看板を裏返し店のドアを開けると、真冬の町に白い吐息が四つ上っていった。それからアルフレッドと俺は集会が催されるカリギウリの森へとポータルを開いた。見送る看板娘たちを背中に俺たちはポータルを抜けるとき俺はあること気がなった。


 アルフレッドは移動魔法が使えるのだろうか。


「アルフレッドさん、そういえば移動魔法は使わないんですか?」

「私か? 元々使えないぞ? 情けないが移動はもっぱらダリダかアニエスに頼りっぱなしだな、ははは」


 そうなんですか、と気の抜けた返事をしてしまった。


 この期に及んで気が付いたが、勇者はみんな一様に移動魔法が使えるわけではないのだろうか。

久しぶりのカリギウリの森に着き、広場に向かうと俺たち以外には誰もおらず、どうやら一番乗りのようだ。

 雪はなく、万年緑の朝の森は相変わらず爽やかで、真冬の装備では少し暑いくらいだ。近くの小川のせせらぎと鳥の鳴き声のする広場の隅に座り、朝食として受け取っていたバッグを開けた。すると中には色とりどりのサンドウィッチがたくさん入っていた。

 それらを食べながら、俺はアルフレッドに昨夜見た、勇者たちの失業をフライングで突然教えられるという夢の内容を伝えた。しかし、彼は意外と驚いておらず、うなされていたのはそれかと笑っていた。和平にだいぶ近づいたからそんなこともあるのではないだろうかと、昨日俺の話を聞いてから思っていたそうだ。仮に勇者として立場を失ってもパン屋をやるのは変わらないので、なるほどな、いよいよかぁ、これはパン作りに精が出るな、という具合だ。


 食べ終わった後も俺とアルフレッドは会場の隅っこで並んで座っていた。すると他の勇者たちもわらわらと集まり始めた。ある程度揃ってから彼らを見回すと誰も彼も老いている。ひょっとすると一番若いのは俺なのではないだろうか。いつぞや、ノルデンヴィズで年長者にケンカを売るようなスピーチをした手前、正直いづらいのでアルフレッドの横で目立たないように小さくなってしまった。その原因となったシバサキの姿は未だに見えない。遅刻は毎回のことだろう。



 そして、待つことにも飽き始めた頃、大あくびをしようとしたところに聞き覚えのある神々しい声が聞こえ始め、集会が始まった。見覚えのある石造りの壇上に女神のホログラムが映し出されている。ホログラムと当たり前に言っているが、他の勇者たちからすればそれは神秘的な現象なのだ。

 女神は挨拶もそこそこにすぐさま本題に入った。まるでさっさと終わらせたいかのようだ。おそらく今年度の集会が例年よりも少し早く12月に催されたのは、厄介ごとは年内に終わらせてしまいたいというのもあるのだろう。


 後光の差す女神が、ある勇者の活躍により魔王が和平に積極的になり連盟政府側と手を取ろうとしているのでもう勇者たちの出番はありません。長旅御苦労じゃった~。大儀である~。と伝えると勇者たちは勝利の雄叫びをあげて喜んだ。白い鳩たちが一斉に青空に向って飛び立ち、世界中で魔王に虐げられてきた人々は涙を流して勇者たちに感謝を



 とはならなかった。

 雑な冒険の締めの言葉を言い放ったホログラムの女神に向って「ふざけんな!」「俺たちの立場はどうなるんだ!」「どうやって生活していくんだ!」「ある勇者って誰だ!情報開示しろ!」と罵声が飛び交い、しまいには勇者たちはホログラムに向って物を投げ始めた。俺は股間がひゅッとして股を閉じた。ここで名前を言われたら袋叩きに合うだろう。

 しかし、不幸なことに投げた物が前の方にいた誰かに当たり喧嘩が起きた。それがきっかけとなり、いきり立っていた群衆が堰を切ったように乱闘騒ぎを始めたのだ。誰の活躍のせいでお払い箱になったのかという話から、勃発した乱闘騒ぎへ彼らの意識が向かったので俺は追及をされることはなかった。


 乱闘が起きて声が届かなくなったのか、女神の声が大きくなった。おそらく彼女がマイクの音量を上げたのだろう。大きくし過ぎてマイクにあたる息まで聞こえ、音も割れている。さらに追い打ちをかけたのが、「あと半年で勇者たちはしつぎょ……、あ、ちゃうちゃう、偉大なる戦士たちになります」と言ったことだ。それがさらに彼らを興奮させたのか、「失業とはどういうことだ!」とますます大騒ぎになった。

 それ以降、乱闘で聞こえづらくなってはいたが、半年後に自分自身で身につけたもの以外の能力がなくなることや勇者として与えられてきた権利の一切がなくなることを女神はきちんと伝えていた。しかし、興奮状態の勇者たちは誰一人として聞いていないようだった。きちんと伝えてはいるが、半年後に彼女の元へ能力インポ勇者たちのクレームのあらしが吹くのは間違いないだろう。当の女神ももう終わらせるからか、だいぶいい加減になっている。これまでの世話がどれだけイヤだったのだろうか。


 話が終わりに近づくにつれて勇者たちの喧嘩はヒートアップしていった。だが、女神はそんなことなど素知らぬ顔をして伝えることを言うだけ言った後、「では、そなたらの旅路に祝福あらんことを~」と言ってきらきらと消えていった。ゲームならこれはエンディングのはずで、もっと感動的だが……。罵声と乱闘で幕を引く勇者たちとは何なのだ。


 それにしても、初期のころの女神を思い出すありさまだ。当時の彼女は、500キロ先まで歩いて来いとか言い始めたり、俺を椅子に縛り付けたまま火災報知機を鳴らして逃げたり、かなりのブラック感があった。(それに、そもそもいろいろ大事な書類とかも見たこともない)投げやりに半年後のクビを伝える姿は、まるで三年前のその姿を彷彿とさせる。隣に座っていたアルフレッドは様子を見て終始大笑いしていた。彼からすれば些細なことなのだろう。


 そして、阿鼻叫喚の勇者集会は終わった。勇者システムの終焉まであと半年となった。目の前で乱闘するオッサンたちが無職になるまで半年と言うことだ。



 その日もアルフレッドと共にブルンベイクに戻り、モギレフスキー家に泊った。そして、翌日はパン屋の手伝いをして夕方ごろノルデンヴィズへと戻り、自宅でうだうだしているとドアがノックされた。


 ドアを開けると先日の神々しさの欠片もない女神がいた。そして「おーす、カトウ君とこ、ウミツバメ亭行こ!」と俺を町へと連れだした。

読んでいただきありがとうございました。感想・コメント・誤字脱字の指摘、お待ちしております。

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