マイ・グッド・オールド・ホームタウン 第四話
眠りに落ちると同時に、いつもの空間、暗闇の中の丸椅子と赤い吸い殻入れのある場所で気が付いた。
前回同様、俺から女神を呼び出したのだ。暗闇の中からひょっこり顔を出した女神は少しスキップするような足取りで、鼻歌も混じる様子はご機嫌なようだ。現れると同時に俺がくわっと目を合わせると彼女はにっこり笑顔で返し、手を振りながら目の前まで来た。
「チャオ~。久しぶりね。元気だった? あ、俺の体には銃弾が入ってるんだ、めーん!」
両手の中指と薬指をまげて手の甲を見せているが、それに突っ込むのは面倒くさい。それにすぐにでも聞かなければいけない大事なことがある。腹の立つ女神のノリは無視した。
「ちょっといいですか? 明日勇者集会ですよね?」
「あら、聞いたの? そうよ」
「なんで連絡してこなかったんですか?」
俺がそう尋ねると女神はのんのんとポケットから煙草を出した。慣れた手つきで火をつけると毎度の如くタバコを吸い始めたのだ。
「ああ、もう、明日でそれ最後だから。最終回。イズミ君は別にいっかなーって」
と言うとどっかり丸椅子に腰かけて、足で吸い殻入れをガガガと手繰り寄せた。
「はい? どういうことですか?」
「あんたが頑張ってくれたおかげでもう必要なくなったの。明日勇者たちに伝えて解散よ」
そして最初の一口目を大きく吸い込んだ。
何をあっけらかんと言っているのだ!大事な話じゃないのか!来なくて良いなら良いなりに連絡をください、と言おうとしたがどこかへ行ってしまった。
「ちょっと! 急過ぎませんか!? 大混乱が起きますよ!?」
「いやいや、明日通達して、実際に解散するのは半年後よ? 半年したら勇者たちの能力全部オフにするから。パソコン開いて能力のところでcommmand+Aしてチェックボックス外せば終わり。それまでに別の道探しなさいってこと。それを明日神々しく皆に伝えんとす」
焦る俺を気にもせず、鯨のように鼻の穴から煙を吐き出した。むはぁぁ~っと煙を天井の暗闇に向って解き放っている。
「ちょっと待ってください! まだ和平交渉終わってないです! つか、半年でまとまるとも思えないです! 能力消されたら困ります! 絶対誰かがイチャモンつけるか邪魔してくるのは間違いないからもう何年か、少なくとも一年は絶対かかります!」
そう言うと、女神は焦りまくる俺の顔を見た。
「あら、イズミ君。あんたは例外よ。ちゃぁんとあたしの託した使命を全うしようと頑張ってくれたから、ご褒美に全部残しておいてあげる」
「そうですか……。いやいや、でもほかの勇者たちはどうするんですか? なんかいろいろヤバい気がするんですが?」
タバコを親指で揺らし吸い殻入れに灰を落した後、女神は口をとがらせて天に掌を向けた。そして一言だけ「さぁ」と言ったのだ。それから上を見上げたまま最後の一口を吸い、まだ長いタバコを吸い殻入れに入れた。立ち上がると俺の横に来て、
「なーに心配してんのよ。今日破産しました、給料は払えません、て社員に伝える会社に比べたらかなり真っ当じゃない。あんたは心配しなくていいの。キチンと和平を成立してくれればいいから、ねっ」
と、肩をポーンと叩いた。
違う。俺が心配しているのは、勇者たちの食い扶持の話ではない。そんなのは好きにすればいい。
それよりも気になるのが、ぼんやりと掲げていた目的を完全に失ったとき、その大多数の勇者たちのシバサキ化が起こるのではないかと言うことだ。正義の味方面だけはして、共和国やエルフの存在すら知らず、戦争は話題にこそするがどこ吹く風よと日々を過ごして、女神に与えられた力を使いチートしながら依頼をこなしていくような連中だ。能力を消される半年後以降はまだしも、失業宣告されてから過ごす半年の間に何を起こすかわからない。
しかし、俺がそれを言葉にできずにまごまごしていると女神は突然空間を変えた。
壁一面のトランプをめくり返すように、辺りはいつもの暗闇から春の野原に変わったのだ。そして、抜けるような青空の中で女神は俺の方へ首だけ振り向いた。風になびく長い髪を耳に掛けながら、逆光の中で彼女は言った。
「神代は、終わったわ。少し、遅かったわね……。これからは啓蒙主義の時代よ……。ん? ちょっと違うかな……。でも、どの道あたしたちはもう必要ないの。そして本当の意味で神になるのよ……。ふふふ……、イズミ君……、ありがとう……」
と、まるで溶けていく雪の最後の一滴ように悲しげな笑顔を残して、白い花びらが舞うと青空の中へ消えていった。
ちょっとイイ感じにまとめようとしているのが何とも不愉快だ。
しかし、彼女が背景の青空に完全に消え去ると「じゃ、あたし準備あるから。明日よろしくね。集会終わったら飲み行きましょ」と雰囲気ぶち壊しのエコーのかかった声がした。
と同時に俺は目が覚めた。
慌てて起き上がり窓の外を見るとまだ東の空は暗かった。モギレフスキー家の客間のベッドから見る窓にはまだ星が瞬いている。なんとも気分の悪い寝覚めだ。
クソ。もう一度寝ることにした。
しかし、階下からわずかに聞こえる音はアルフレッドがパンをこねるもののようだ。まだ暗いというのに仕事を始めた彼に悪いような気がしたので、起きて手伝うことにした。
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