違う。お前じゃない。 第三話
――――きたるむつびつき、フクロウの導きに従い、盟約に基づく汝らの女神のもとに集え
イズミくんの前ではすっかりいい加減になってしまったが、そのほかの勇者たちにはまではあそこまでフレンドリーではない。一応、管理者としての威厳と言うものを守らなければならないのだ。
彼を人間界に返した後、女神モードというのか、余所行きの話し方というのか、恭しく各チームリーダーへの連絡を済ませた。年に一度、臨時を除いて勇者たちを集めて必ず行う集会。あたしはそれを女神の業務の一環として行わなければならない。集会を行う開催地は例年通り同じ場所だが言葉の意味を理解できずに現地に来られない人が出るという事態を想定して、全員にオリーブの枝を咥えさせたフクロウの使いを毎回出している。
現在いる勇者は47名と仮が一名。連絡をしてすぐに確認が取れ、全員出席で問題ないようだ。神聖な場所であるカリギウリの森で神託を行うために施設課に連絡し森の使用許可と利用予約をすませなければならない。イズミくんが代わりにやってくれないかしら。
さすがにログインパスやらを人間に教えるのはダメね。人が集まりやすい町の飲み屋などのほうがイズミくんに予約とかを任せられるし気軽でいいのだが、やはりイメージを大事にしなければ誰一人話を聞いてはいないだろう。許可と予約はしばらく時間がかかるので、設営はあとでいいだろう。間に合いすれば最悪前日でもいい。
ネットで閲覧できる利用予約表を確認した。森の現在の状況をリアルタイムで確認もできるのでチェアにかけコーヒーを飲みながら見ていたら早くも誰か来たようだ。ユーザー欄に表示される名前はシバサキ・リョウタロウ、彼だ。神託を行う日は明後日の予定だ。暇なのか。野宿をするつもりか。あたしは林檎屋ではないぞ。
それにしても来るのがあまりにも早すぎではないだろうか。来てしまった以上、施設予約も設営も急がなければならない。早く動くのは大事だが早すぎるとかえって迷惑だ。予定時刻と言うものの意味を理解してほしいものね。
* *
シバサキの様子がおかしい。
歳を越してからというもののどこか上の空だ。毎日日付ばかり気にしている。
この世界でも一年のサイクルは地球と同じで、呼び方は異なるが7つの曜日、12の月があり一周すると一年となる。
年末に仕事はせず、家族などと過ごすのが一般的なのはどこも同じだ。では俺たちチームシバサキはいかのように歳を過ごしたのかというと、レアは本部で仕事を納めそのまま自宅へ、カミーユも実家の銀行業を手伝ったそうだ。
シバサキさんは最初「年末、みんなが休んでいる間に仕事をするほうがいい、いやそうでなければいけない」と俺を含めた三人を自宅へ帰そうとしなかった。レア、カミーユはしれりと帰ったが、どうせお前は居場所ないんだから、と言う理由でシバサキに無理やり付き合わされた。
もっとも俺はベンチウォーマーなので、集まりはしたものの結局のところ何もできずぐだぐだとなり解散を余儀なくされることになった。自らの非力ゆえに年末年始を精神的暴君と過ごさずに済んだことに大きな悲しみとほんの少しの安堵に浸りながら俺はしばし怠惰な生活を送り、年末年始だと盛大にイベントを催すこともなく歳を越した。
様子がおかしいのは歳を越して仕事を始めて間もなくのことだ。それにやたらと来週から一週間休むということを強調している。聞いてもいないのに繰り返される発言に何かを悟ってほしいのかと思い、来週にいったい何があるのか聞いてみたが、うんちょっと用事としか言わない。カミーユもレアもその用事の内容は知らないようだ。
そして、週が明けシバサキがいなくなる日がやってきた。以前から言い続けていた『ちょっと用事』でこれから七日間、シバサキは留守になる。秘密を持ってはいけないという彼のルールはどうやら彼自身には適応されないようだ。
しかし、もはや上司のダブルスタンダードのことなどどうでもいい。シバサキがいないと休みになるのだ。臨時休業だ。集合時間もやってこない。罵倒されることもない。何もしないで恨みがましい顔をしてベンチを何時間も温め続けなくていい。なんと気楽なのだろうか。
年末年始の休みも相まって心の中に森の雨が静かに降りつづけ、土壌がふるふるとうるおいで満たされていくような感覚だ。おりしもその朝は真冬のこの時期には似つかわしくない五月雨のようなしっかりと雨が降り、乾ききっていた空気に水分を含ませ重たくし、不精な体を寝床に押し付け起き上がることを不可能にした。ベッド上でしとしとと降る雨の音の数でも追いかけて過ごそう。
寝返りを打つとこっちに来てすぐのころしていた二日働いて三日休む生活を思い出した。あのころは確かに必死だったけれど、節々まで思い返せばなぜあれほどまでに気楽な日々を送れていたのか懐かしくて仕方がない。
そういえば、カミーユとレアは何をしているのだろうか。二人は仲がよく、普段気を使って話しかけてくれるレアはカミーユの話をよくしているし、ショッピングでもしているのだろう。ここから遠く離れた、もっと南にある彼女たちがいる大都市部は雨ではないはず。
外は冬の雨でとても冷たいのだろう。部屋干しで構わないからあとで洗濯でもしよう。そのあとは近くの定食屋にでも行って
気がついたら外は暗くなっていた。その日は一日雨模様だったのか、暗くて昼と夜が入れ替わっていないような気分だった。
あくる日も似たような過ごし方をして何もせずに終わった。
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