マリナ・ジャーナル、ザ・ルーアによる共同取材 その2
写真をちらつかせながら、まごついてしまった俺に尋ねてきた。
この写真とは、また懐かしいものを持ち出してきたものだ。十二人で撮った集合写真で、真ん中にグレーシャーブルーの髪の小さな女の子、その左側には俺、反対側には赤い髪の女性、灰色の軍服を着た二人、スヴェンニーの二人、共和国の高官二人、その使用人の二人、そして、最後尾で写り込もうとして飛び跳ねた結果ブレてしまった女性。
カラー写真ではないし画質も粗いが、まるで先ほど撮ったばかりで今にも動き出しそうなほどに色鮮やかに、そして鮮明に俺の目には映っている。
「最近、共和国軍部省の対外情報作戦局における情報秘匿の期限が切れて一部資料が開示されました。情報によれば、これはまだ民族紛争解決前に撮られたものです。当時としては、いえ、今現在でも考えられないような人物たちが一堂に会してこうして写真に写っているのです。尋ねたいことは山のようにありますが、まず王家とはどうなのですか?」
デラクルスは追い打ちをかけるようにさらにそう言うとポケットに写真をしまった。
彼女の言うとおり、民族紛争の解決から端を発し、ルスラニア王国建国から第二スヴェリア公民連邦国とのシーヴェルニ・ソージヴァルという共同体形成においてまで、俺は終始その渦中にいた。
王家との繋がりは確かにあった。だが、現ルスラン王については国家機密であり、それを簡単に言うわけにはいかないのだ。ましてや神聖視されているルスラン王と、フロイデンベルクアカデミアの臨時講師という閑職を持て余している俺を同列にするわけにもいかない。
あぁ、あぁ、と困ったような情けない声を出してしまい、身を仰け反らせてしまった。その間も見つめてくるデラクルスの視線は強くなり続け、俺は視線だけでなく首まで動かしてそれを避けてしまった。
デラクルスはしばらくの間何も言わずに見つめていたが、目をつぶると肩を落として息を吸った。
「私たちマリナ・ジャーナルは、銃・飛行機・装甲車両など様々な新兵器が多く開発投入され陰惨を極めた先の大戦よりも以前に作られた新聞社です。設立当初、あなたへの対立的な見方が上層部を締めていましたが、もう経営陣も刷新されています。それに、あなたの動向は旧五家族の方から大まかにですが伺っております」
「なるほどね。なら、なんで今更インタビューなんかするんですか? 知っていることを記事にすればいい。それで済むと思いますが」
「私たちはジャーナリストですよ。真実を探求するべき義務を負った者たちなのです」
デラクルスは、お前は何をぬかしているのだ、と言う意味を込めているのか強くそう言い、眉間に皺を寄せている。
「その真実ってのはユニオンにどんな利益をもたらすのですか?」
そして、ザ・ルーアの記者の方をちらりと見て「共和国にもね」と付け加えた。
俺は新聞について、連盟政府内でのあの一件ですっかり懐疑的になってしまっていた。責められていたが、気がつけば語気を強めて言い返すようになってしまった。
デラクルスは驚いたように口を開けたが、「あなたは、偽英雄、簒奪英雄、シュワルツゾンプや怪賢者といった不名誉なあだ名を付けられていることを気にしていないのですか?」とすぐに訴えかけるように尋ね返してきた。
「構わないですね」
負けじと即答すると、彼女は座っていたソファから立ち上がった。そして、「なぜ!?」と覆い被さるように迫ってきた。
「大切な者を守ることが出来ました。それに、恒久では無いと思いますが、当面の平和は手に入れることが出来ました。しかし、そこにたどり着くまでに多くの犠牲を払い、大きな罪を犯してしまったので、今はその償いの時間なのです。後付けされた英雄ではなく、イズミだった頃の自分のままで全てを償い、そして消えていきたいのです」
そう答えた途端、デラクルスは足と両手を開いて仁王立ちになり、
「あなたは歴史に埋もれるべきではない!」
と思い切り口角泡を飛ばしてきた。
「その功績を正しく公表し、その名誉を回復するべきです! 歴史家たちの偏見と思想に歪められて伝えられてもいいというのですか? 聞いたことに色を付けずに正しく伝えるのが私たちの役目。いえ、それが出来るのは私たちだけなのですよ!
あなたはユニオンにおいて最高勲章を与えられた数少ない者の一人なのです。勲章など返してもいいというあなたのその態度が市民からの評判が悪いことにつながっているのです。偉大なる五家族がたやすく、そして戦果を上げている者たちにすら容易には渡さない勲章をあなたはお持ちなのです。それに見合うことをしたのは間違いないのです! これだけ言ってもまだお答えいただけないでしょうか?」
デラクルスが柳眉を逆立てている後ろで、ザ・ルーアの記者も深く頷いている。俺は彼らの社長にも世話になったことがあるので、共和国での選挙の際に俺たちが何をしたかなどおおよそ知っているはずだ。
なぜここまでデラクルスは熱くなってしまうのか。
おそらく、彼女は俺を英雄たらしめたいのではなく、世間で広く言われていることが真実ではないという現状が気に入らないのだろう。ジャーナリスト精神とでも言うのだろうか。ここまで熱くなってしまってはなかなかかみついたまま放してはくれない。これはのらりくらりと躱すことは出来なさそうだ。元はと言えば的を射ないことで煙に巻こうとした俺が悪いのだ。話すしかない。
俺は両手を前に突き出して軽くゆすり、デラクルスを一度座らせた。
「そうですね。俺……ああ、失礼。あれもこれも何もかも、すべてぼくだけの力で得た物ではないんです。ぼくは特殊能力を持っています。それも世界を一変させることもできるようなすごい能力を。でも、それだけじゃ勲章は貰えません。何もかも成すことは出来ない。長い間それを持て余して、どうしようもない日々を過ごした後、やっと自分の目的に気がついて、すべてはそれからだったんですよ」
往生際悪く簡単に話して誤魔化そうとしたが、続きを言う前にデラクルスが身を乗り出して来た。まだまだ何かを尋ねる気のようだ。
「あなたの記録があるのは五年前のノルデンヴィズからですね。それまでは空白ですが、それはいいのですよ。それからのたったの五年であなたは大きく変わりました。そのたったの五年の間に何をすればそのようなことになるのですか?」
「えっ、そんなに前から話さなきゃいけないの?」
思わず裏返った声を上げてしまった。
だが、記者たちはまるで示し合わせたかのように、全く同じ動き――目をつぶり、首を下ろすタイミングまで――をした。
「あぁ、まいったなァ」
後頭部を掻いて左右を見回し、ぎらぎらと向けられている視線とそれに載せられた好奇心から逃げるようにしてしまった。
俺はソファに深く座り直して前屈みになり、膝の上に肘を置いた。ふと横を見ると、サイドテーブルにアイスコーヒーが置かれている。もったい付けるつもりではないのだが、一度そのコーヒーを手に取り口にゆっくり含んだ。ガラスのコップの中でカランと丸くなった氷が滑り、乾いた音を鳴らした。
長い話になるのだ。喉を潤しておこうと思ったのだ。
「仕方ないですね。お話しいたします」
そう言うと記者たちはまたしても一斉に同じ動きをしてソファに座り直し背筋を伸ばした。試験開始の瞬間のように鋭い音を立ててペンとメモを持ち上げ、これまでとは異なりさらにのめり込むような視線で俺の方を見ている。
「ただ、約束して欲しいことがあります。にわかに信じがたいこともあるだろうけど、これは全て事実なんです。だから、もし誰かに伝えるならぼくだけではなくて、登場した人たちみんなに話を聞いてからにして欲しい。そして、その全てを余すこと無く世に出して欲しい」
「構いませんよ。お約束いたします」
落ち着きを取り戻したデラクルスがそう言うと、ザ・ルーアの記者もそれに続き大きく頷いた。
「長い話になりますよ。自分で言うのは恥ずかしいけど、ちょっとした歴史みたいな感じなんです。ぼくの異世界戦争史みたいな……いや、“ぼくらの異世界戦争史”ですね」