マイ・グッド・オールド・ホームタウン 第三話
夕方ごろ、アニエスを送るためポータルを開いた。
ポータルを開くと同時に、ノルデンヴィズよりも深く積もっていた雪がどさっとなだれ込んできた。真冬のブルンベイクの町はとても寒く雪のせいで足場も悪いので、失礼とは思いつつもそそくさと家にあげてもらった。娘と共にやってきた俺をアルフレッドとダリダの二人は迎え入れてくれて、夕食を共にすることになったのだ。
家に上がると、まだ薪を足したばかりの薪ストーブが窓を開けたまま煙を上げていた。冷え切った掌を温めながら待っていると食事の時間になった。何一つ手伝わないでお客様根性丸出しなのが少し申し訳なく感じた。サーモンや干し肉と一緒に溶けたチーズが出され、それらを食べながら俺とアニエスは交代でルーア・メレデント共和国での出来事をすべて話した。和平交渉目前で機密事項も多いのだが、ダリダとアルフレッドに関しては問題がないだろうと思い、秘密だと念押しして思い出せる限りを話した。
それから食事も終わり、コーヒーと紅茶をそれぞれ思い思いに飲んでいた。
「君がいきなり娘を連れて戻ってきたからびっくりしたぞ。いよいよおじいちゃんかと覚悟を……」
「アルフ、何言ってるのよ。ふふふ」
彼の隣に座るダリダがアルフレッドの肩を笑いながら小突いている。
アニエスは分かっていないようだが、俺はあわあわと返答に困ってしまった。
「ホラ、困ってるじゃない。いいのよ、気にしなくて。もう少しあっちで何やってたのか、聞かせて」
慌てる俺を見かねたダリダが話題を強引に変えた。
「そうだな。すまんな。ははは。和平の話はどの段階まで進んでいるのだ?」
「具体的な話はまだみたいですが、エルフ側が人間側に和平を持ち掛けてくるはずです」
「長年動かなかったものをわずか数か月で動かしてしまうとはな……。いったいどんな戦いをしたんだ?」
「ほとんど戦いませんでしたよ。運もあったというか」
隣に座るアニエスがうんうんと頷いている。
「私はイズミさんのお世話係状態だったですし」
「あらあら。それにしても、40年前とはもうだいぶ違うようね。あの頃のエルフたちは私たちから見ても時代遅れだったもの。当たらないマスケット銃を撃ちまくって来たり、大きな魔物使って攻撃して来たり……」
「そのころはなんで互角状態だったんですか?」
「やっぱり物量と数の多さね。エルフの土地は豊かなのよ。下手な鉄砲数うちゃ当たるってね」
「ちなみに、私はあの橋で足をその当たらないマスケットで撃たれて退場したんだがな。私を撃った奴はいったい誰なんだ……。クソ」
アルフレッドは少し怒ったように言った。リクを一人にする原因を作った狙撃者を恨むような顔をしている。
「それ、グリューネバルト先生から聞きましたよ」
「懐かしい名前だな。あいつ、余計なこと言いやがって。元気なのか?」
「この間会った時は元気そうだったわよ?」
俺はグリューネバルトの昔話で出てきたあの槍のことを聞いてみようとした。使っていた本人なのだから、何かわかるかもしれない。
「そういえば、ブルゼイ・ストリカザって槍を覚えてます?」
久しぶりに聞いた名前に驚いてアルフレッドは、おぉと感嘆の声を上げた。
「懐かしいな。あれは重たい槍だったな。気に入ってよく使っていた。それがどうかしたのか?」
彼には『重い』ようだ。しかし、あの重さにもかかわらず振り回していたということはこの人はどれだけの力の持ち主なのだろうか。それも気になるが、まずは返却されたことを伝えなければ。
「エルフのギンスブルグ家の方から返却されました」
「なんと!? どこにあるのだ?」
アルフレッドはテーブルに手をついて身を乗り出した。
「でも、ちょっと変なんですよね。重すぎて運べないかと思ったんですけど、錬金術師の仲間がひょいと持ち上げて、軽いって言い始めたんですよ。何か知ってます?」
「そうなのか。いや特に知らんなぁ……。錬金術……、刻印もされていたしスヴェンニーと関係があるのかもしれないな。あれは何年前だったか。橋の時よりももっと前のまだ子どものころだ。スヴェリア地方のヤ、ヤ、ヤプス……、ヤプスールだ。その街で色々あって貰ったものなのだ。今そこがどうなってるか知らないが、比較的大きな町だった。街の中心に大きな図書館があったな。確かにあの街には錬金術が得意なスヴェンニーがたくさんいた」
アルフレッドは腕を組み、顎を触っている。俺が、そうですか、と言うと彼は遠い目をしながら続けた。
「リク、リクハルド・カウイアイネンはわかるな。あいつもスヴェンニーだ。橋の時、あれを扱いやすいと言っていたな……。見たのは最後になったが……」
皆が言葉を噤んでしまった。リクはダリダの元婚約者だった。それにアルフにとっても親友だった。お互いに大事な存在を亡くしてしまったので言葉が出てこないのだろう。口にはしないが少ししんみりしてしまった。
薪ストーブの中で青く揺れる炎が煙突に空気を登らせる低い音が響いた。
アルフレッドは鼻からすっと息を吸うと背筋を少し伸ばした。
「おっとすまんな。暗い話になってしまう。やめよう」
窓の外を見るとだいぶ夜も更けていたようだ。魔石で点灯する街灯も消えるような時間になっていた。雪明りで気づかずに長居をしてしまったようだ。
「さて、そろそろ遅いので俺はノルデンヴィズに戻ろうと思います。御馳走様でした。ブルゼイ・ストリカザは、近々オージー……、仲間の錬金術師に持ってこさせますよ」
しかし、帰り支度をするためにゆっくり立ち上がると、アルフレッドは俺を引き留めた。
「なんだ? 帰ってしまうのか? せっかくだ。泊っていって明日の勇者集会は私と一緒に行かないかね?」
「は?」
椅子に手をかけたまま止まってしまった。心臓が引き締まり、内腿が脱力するような感覚に襲われた。
俺は聞いていないぞ! おもわず彼を見たまま瞬きを繰り返してしまった。
その様子がおかしいのか、怪訝な顔をして俺を見ている。
「ついこの間、使いのフクロウが来たじゃないか……。どこにいても来るはずだから、知らんはずはないと思うのだが……」
「き、聞いてません! 明日なんですか!?」
呆れているのか、しばらく黙った後に肩に手を置き、諭すように彼は言った。
「イズミ君……、大丈夫か? 今日は泊っていきなさい。明日私と一緒に行こう」
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