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マイ・グッド・オールド・ホームタウン 第二話

 道なき道を抜けているとき、俺は運転をするウィンストンに一言告げて腕を組んで眠っていた。だが、車の振動がなかなかのもので眠りにはつけず考え事をしていた。


 最終目標である和平とは、どこをとって和平とするか。すべての争いが全くなくなることを目的とするにはあまりにもぼんやりしすぎている。それをするには薬か何かで憤怒や嫉妬の感情をコントロールでもしない限り無理ではないだろうか。

 毎日定時にその薬を服用……。まるで第二次大戦後に書かれた近未来SFのディストピアのようだ。そのハク〇リーやオー〇ェルのような世界は現実的に厳しい。飲み忘れるうっかりさんもいるだろう。共和国と連盟政府の上層部が手を取り合い、正式な書面で和平が確立されるまでとなるだろう。こちらもはっきりはしていないが、まだ現実味がある。些細な小競り合いはある程度無視しなければいけないのだ。


 和平に向けて共和国側が連盟政府にどのような要求を突きつけるのかはわからなかった。シロークは、すでに具体案が決まっているとは言っていたが、聞きそびれてしまったのだ。


 一つ確実なのは、マゼルソンからも依頼があった『国内で爆破テロを行った人間の引き渡し』だ。それはつまりシバサキのことだ。それには俺も賛成であり共和国司法で裁いてほしい。それ以外に何を突き付けるだろうと、思いつくのは魔石関連だ。共和国内での自給率は0%だが、エネルギーの生産はほぼそれ頼みになっているので喉から手が出るほど欲しいはずだ。砂利のようにあるならくれてやってもいいと思う。


 だが、それよりも憂うべきは連盟政府の、人間側の狡猾さだ。和平に際しては互いの歩み寄りが必須になる。だが、そんな中でも自分たち(ニンゲン)が和平後のイニシアチブを獲得できるように知恵を絞りに絞った要求を突きつけるだろう。そして、建前で塗り固めた化けの皮がはがれたときに、それを取引の基本だとか言い始めるのだ。歩み寄るふりをしてかすめ取ろうとするその姿勢は本当に醜い。

 だが、そうやって人間をさげすむ自分も人間であり、その勝ち取ってきた恩恵を知らず知らずに受け取って生活してきたのだ。醜い、恥ずかしいと思いつつも、どこかで当たり前だと思っている。もはや何も言うまい。連盟政府が共和国に何を突き付けるか、それを聞いて俺はきっと、あゝ最悪だ。畜生人間どもめ、とありもしない義憤にかられるだけで特に何もしないのだろう。


 考えるのも嫌になり、窓の外を見た。冬の夜の針葉樹は雲の合間の月明かりを浴びて、尖った葉先を銀と緑色に光らせている。不穏な夜だ。



 別行動になったので全員には一時帰宅命令を出してある。最終目標である人間とエルフの和平にだいぶ近づいたが、和平交渉が成立するまで解散はしないことにした。考えたくないが万が一と言うことがある。

 オージーはストスリアのアンネリの元へ戻ったはずだ。もう出産間近なのではないだろうか。彼女に限らず、夫婦二人にだいぶ負担をかけてしまったのは間違いない。レアとカミュは本部と連盟を行き来していて、すでに戻っている。



 それから三日間、俺は車と徒歩を繰り返した。長旅の末にたどり着いた川岸で待ち構えていた軍服のエルフたちに目隠しをされて、秘密のスパイの道を使い国境川を越えた。乱暴に放り出された先はリティーロの町にもほど近い茂みの中で、町の入り口まで歩きそこから移動魔法を使ってノルデンヴィズへのポータルを開いた。


 先に見えるノルデンヴィズの町は、電線も車もアーク灯もない、さながら中世の延長のような街並みだ。二階から三階建てのハーフティンバー様式の建物が並ぶ眺め。その窓からこぼれるオレンジの灯りが道の脇に残った雪を明るく照らしている。歩く道は轍の付いた石畳で、それに沿って走る馬車とすれ違う。ロバたちが食べる乾草の匂い。懐かしい風景だった。


 家に着いた頃には辺りも暗くなり、窓から漏れる部屋の明かりの中で誰かの影が動いていた。アニエスとククーシュカはノルデンヴィズの俺の家に戻っていたのだ。照れ臭いなと感じながらもドアを開けると、おかえり、と聞こえた。暗い廊下に漏れる光と温かさに体が膨張するような気がして、上着が心地よく閉まるようだ。そして、誰かが家で待っているのはいいな、としみじみと感じてしまった。俺は帰ってきたのだ。


 そこで待っていたアニエスの話では家の中は埃だらけになっていて、時々コートで戻っていたククーシュカが散らかし放題にしていたらしい。ぷりぷり怒りつつも二人で仲良く片づけをして俺のことを待っていてくれたようだ。



 報酬が届くのは思ったよりも早かった。戻った次の日には、カルデロン、ヴィトー、そしてレアを経由して彼女のテッセラクト内のチームの口座に支払われていたので、確認ののち全員に配当をした。迷子の送りの分から計算して一人当たりの金額もかなりの額になった。


 ククーシュカはそれを受け取ると、自分のルーツを探したいと言い始め、どこかへと旅立っていってしまった。まだ解散したわけではないが、キューディラを使えば連絡も取れるので、引き留めはしなかった。深淵の世界で生きてきた彼女はまたそこに戻らないか、不安も全くないわけではない。

 だが、かなりの金額を持っているので当分は食うには困らないはずで、容易に戻ることはないだろう。それにきっとまた会うことになる。荷物らしい荷物を持たない彼女は、いつも通りのコートに手ぶらで部屋を去っていった。

 彼女がいなくなると寝場所にしていたタンスは元のただのタンスに戻り、誰かがいる気配はすっかりとなくなった。また物の入っていないただのタンスにもどったのは少しだけ寂しく感じた。

 軋むドアが閉まるとアニエスはドアを見ていた俺の真横に並んできて、顔を覗き込んできた。



 それから彼女もブルンベイクの村まで帰ることになった。


 だが、戦争から40年ぶりに国へと戻ってきたブルゼイ・ストリカザについてアルフレッドに聞きたかったので、彼女を送ることにした。

読んでいただきありがとうございました。感想・コメント・誤字脱字の指摘・ブックマーク、お待ちしております。

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