マイ・グッド・オールド・ホームタウン 第一話
槍で床をぶち抜くなど一悶着あったが、シロークの話もほどなくして終わった。
それから、それぞれの用事も済んだので、全員屋敷を後にして連盟政府に戻ることになったのだ。これでギンスブルグ家の面々とは事実上のお別れとなる。マリークはどうも寂しくなるのが嫌なようで、皆が帰るというと泣き出してしまった。えぐえぐと膝のあたりにしがみつかれてしまい、なかなか帰してもらえなかった。少々急な帰国決定だったので彼に話をするタイミングがなかった。家族が増えたように接してくれた彼には少し可哀そうだった。
その後、ユリナに諭されると落ち着いたようで、目を真っ赤にしていたが玄関まで送りだしてくれた。
「マリーク、大丈夫だって。またすぐ来ることになりそうだ。もう会えないってことはないよ」
「本当か!?」
「こーら、マリーク。イズミに迷惑かけちゃダメだろ?」
ユリナに頭をぐしぐし撫でまわされると、彼は母親の服を掴んで鼻水を思い切り吸った。
「また会えるから。そんときはお前さんの杖も持ってくるさ。サイキョーにかっちょいい杖だ」
屈んで目線を合わせて、頭をなでた。
「約束だぞ!? カミーユも連れてこいよ!」
と言ってユリナのスカートで涙と鼻水をぐりぐりふいた。泣きそうになったのをこらえたようだ。「あらあらいけませんね」とジューリアさんがマリークを嗜めている横で、彼の言葉を聞いたユリナは何とも言えない顔をして少しませた息子を見ている。シロークは仕方なそうに笑った。
「ははは、いいじゃないか。フェアウェルパーティーもなしに送り出すのは申し訳ないが、あまり時間もない。すまないな。和平が成立したら観光がてら来てくれ。歓迎しよう」
ユリナは俺たちを玄関先に並べて全員を見回すと、
「よし、位置偽装ができる川岸にポータルを開いて、お前ら全員連盟側に送り返す。あっちに戻れば後は何とかできるだろ? 世話になったな。おかげでシロークも長官になれた。これから共和国内での移動中のお前らの安全は保障する。つっても移動魔法ですぐだから関係ないがな。だが、イズミ。お前については、ここから移動魔法で帰るな。お前は車と徒歩で川まで行け。川の渡り方は現地まで行けばわかる」
「それはつまり移動魔法での共和国・連盟政府間の移動を許可したと思っていいわけだな?」
ユリナは首を傾け、一瞬眉を上げた。
「お前の移動魔法の逆探知シグナルについては登録しておく。マゼルソンのジジイの指示だ。私、アルゼンとシローク、マゼルソン。現時点で共和国権力頂点の全員が事態を把握しているから問題ない。来たついでに、マリークにも会ってくれ……」
と言いながら、穏やかなまなざしで足元の息子を見つめた。マリークは赤くなった目じりにまた涙を浮かべ始めた。俺は彼に近づき、屈んで軽く頭を撫でてやった。
四権力であり、アルゼンとシロークは同一と考えて、合計五人になるはずだ。しかし、一人足りない気がするが。撫でながらユリナを見上げて俺は尋ねた。
「そういえば、メレデントの穴は誰が埋めるんだ?」
ユリナは顎に手を当て遠くを見ている。
「超法規的措置でマゼルソンがしばらく兼任だ。後釜が決まるまでな。まだ選挙明けとはいえ、次期選抜のうわさが全くねぇのがくせぇんだよなぁ……。粗大ごみを人間に押し付けてる暇あるなら政省なんとかしろってな……。まぁ、とりあえずお前以外は私が送っていく」
そう言ってユリナはポータルを開いた。その先には見慣れた懐かしい連盟側の雪深い森が広がっている。みんながそれを抜けるのを見送った後、俺はマリークから離れた。そして、傍に停まっていたウィンストンの車に乗った。
走り出した車のルームミラーを見ると、ギンスブルグ邸の玄関で小さな男の子が手を振っていた。門を出てしまうとそれもすぐに見えなくなり、近代的なグラントルアの街を抜けていく。等間隔に配置されたアーク灯と電柱、すれ違ういくつもの蒸気自動車、車の走りに合わせて上下する懸垂曲線の電線。西日の差す街にはいくつもの煙突があり、手前から奥から黒い煙をもうもうと上げている。
それをぼんやりと見つめているうちにいつしか街を抜け、俺とユリナが戦った軍の練兵場脇を通っていた。そこはだいぶ様変わりしており、新しい建物がいくつもできていた。大きなシャッターがあるそれらの傍にはプロペラがついた円筒形の大きな何かが見えた。周りで動いている小さな点はエルフたちだろう。その大きさをますます引き立てていた。飛行船に似ているが、羽ばたいて上昇しようとしているのか羽のようなものが付いていて、あまり空を飛べなさそうな形をしている。しかし、空を飛ぶことを目指した時代が来たこの国は、改めて近代的なのだと思った。
次第に舗装された道もなくなり、森の中を延々と走っていった。陽が沈み始め、紺に追いかけられたツリアン、レモネードの夕焼けの針葉樹林を抜けていった。
読んでいただきありがとうございました。感想・コメント・誤字脱字の指摘・ブックマーク、お待ちしております。