エインヘリャルの遺留品 後編
これはグリューネバルトの昔話に出てきたブルゼイ・ストリカザだ。間違いない。
元はアルフレッドのもので、40年前の橋での戦いで彼が負傷した後、リクハルドに託したものだ。彼と共に行方不明になっていたはずだったが、エルフたちが回収していたのだ。
話に聞いてはいたが、何とも不気味な槍だ。英雄の扱うものだからもっと神々しいものを想像していた。しかし、これはどうだ。見る角度によってしらしらと返す光を変えるそれは穏やかなものではなく、ピンと弾けば水晶のように空気を震えさせ続けそうだ。しかしそれでいて、まるで血に飢えた怨念の塊のようにも見える。近づくと刀身に引きずり込まれるような感覚さえ覚える。
再びドアがノックされると「シロークさん、ユリナさん、申し訳ない」とオージーがすまなそうに部屋へ入ってきた。
「図書室の片付けをしていてね。散らかしっ放しで帰るわけにいかない。ところで、なんだい、それは?」
台の上のブルゼイ・ストリカザを見て、興味深そうにしている。
「お礼と言う形で貰うことになった槍だよ。そういえばスヴェンニーがどうとかって書いてあるけどちょっと見てみないか?」
スヴェンニーという言葉に顔をしかめた。だがすぐに表情を戻し槍に顔を近づけた。
「スヴェンニー……、イズミ君はバカにしているわけではなさそうだな」と人差し指でなぞる様に撫でている。そして、文字のところでぴたりと止まると「確かに、書いてあるな……。素材は錫か……。持ってみてもいいか?」と近づけていた体を起こし、ユリナとシロークを交互に見た。それにユリナは胸を突き出して腕組をした。
「バーカ。重くて持てやしねぇよ。私でも無理だったんだぜ? もやしっ子のお前じゃ無理」
「でも……、ちょっと向きを……変えて……せめて裏側を……せーのっおぁあぁぁあぁあ!?」
オージーは槍を思い切り持ち上げようとした。すると彼は槍を持ったまましりもちをついた。台が倒れてしまい槍はオージーの腹の上に載りかかってしまったのだ。
このままでは彼が潰されてしまう。俺とユリナは急いで彼に近寄り、「おい!大丈夫か!?」と槍を持ち上げようとしたがびくともしなかった。
しかし、オージーは何事もないかのようにむくりと起き上がり、お尻を押さえていた。
「……いてててて。なんだ、この槍は……。とても軽いじゃないか」
困ったような顔をしてオージーは槍を避けて床に置いた。やはり重いようで、ゴトリと金属音がした後、床がミシミシときしんだ。
「みんな、何だい? ボクをからかったのかい? 全然重たくないじゃないか。重いと聞いたから力んで持ち上げたら、しりもちをついたじゃないか……よいしょ」
彼は立ち上がり、片手で当たり前のように槍を持ち上げた。
その姿を、俺だけでなくその場にいたみんなが口を開けてみている。同時に危ないものを避けるように首を下げている。驚き避ける皆を見回して、オージーは小声で不安定に言った。
「……どう、どうしたんだい?」
「……お前、マジかよ……それ、重たくて一人二人じゃ持てないものだぞ……?」
後ずさりするユリナをよそに彼は「何を言ってるんだ?とても手になじむいい槍じゃないか」といってぶんぶん振り回し始めた。
「ボクは錬金術師で武器の扱いは下手だが、これは扱いやすくていい。それにどうやら……わずかばかり魔力を帯びているようだな。ははは」
「……貸せ」
余裕で槍を振り回し、空を切る音を立てる姿を見ていたユリナの負けず嫌いに火が付いたようだ。奥歯を食いしばり悔しさに燃えるような目つきでオージーを見ている。
そう? と言うとオージーはひょいッと差し出して彼女に渡そうとしたが、ユリナは焦りだし及び腰で両手を前に着きだした。そして、
「バカーッ! バカバカ! 手渡しすんな! 台に置け! 台に! 腰やっちまったらどうすんだ!」
と表情を一変させて声を荒げた。
不思議そうな顔をしてオージーが槍を台の上にそっと戻すと、やはり重いようで台がきしむ音がした。載せてからも沈み込むようにみしみしと音がする。
おーし、と言いながらユリナが指をパキパキと鳴らし、首を鳴らした。台の前に立ちふーっと深呼吸をして気合を入れた後、持ち上げようとした。しかし、どれだけ力んでも数センチしか浮かない。
ユリナは、今度は腕まくりをし自分に強化魔法をかけはじめた。しかし、魔法をかければかけるほど槍は上がらなくなっていった。んにいいいいい……と顔を真っ赤にして力んでも上げられたのは数センチまでだった。
試しに俺も持ち上げてみたが……恥ずかしいことに一ミリも持ち上がらなかった。
「ど、どうやらみんなからかっているわけではないようだね……。不思議な槍だ」
俺が手をひらひらさせながら台から離れると、オージーは再び軽く持ち上げた。そして調子に乗ったのかブンブンと回し始めた。それからしばらく楽しんでいるかのように軽快に振り回していたが、
「あ」
と彼の手から槍がポロリと落ちた。
次の瞬間、べきべきがっしゃーん、と音を立て、埃を立てて部屋を揺らすと一階まで穴をあけて落ちて行ってしまった。
慌てて駆け寄り膝をついてのぞき込んだ。そして、「……ごめんなさい」とオージーが開いた穴とシロークを交互に見て小さな声で謝った。
真下には誰もおらず怪我人はいないが、空いた穴からジューリアさんが何事かと見上げている。オージーは慌てて錬金術で床を直し、階下へ取りに行った。
槍が姿を現してから壁際にいたククーシュカは絶えず険しい顔をしていた。
槍を振り回しているオージーを珍しく表情の乗った顔をして見ていたが、その顔は眉間にしわを寄せたり肩眉を上げたり、あまりいい表情ではなかったのだ。
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