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エインヘリャルの遺留品 前編

「イスペイネの過激な思想の一派と瀬取りをしようとしていた共和国の船がウェストル北西沖……、イスペイネ南西沖で積荷が爆発炎上。しまいに沈んだらしい。取引前で乗組員、積荷すべて海の藻屑だそうだ。信頼に足る情報筋から通達があった。人類側との和平交渉の本格化を目前に迷惑な話だ。だが、表向きにはカルデロンの海上警備艇が遭難した我々エルフの船を救出しようとしたところ、可燃性の積荷に引火爆発。和平に好意的なイスペイネ側に死者が出てそれを英雄に仕立て上げ、美談にして和平交渉を進めるだろう。エノシュ側の、特にイスペイネ、カルデロンの意思表示、ということになってな。そしてこれで『瀬取り』ではなく、連盟政府内で先駆けて『海上交易』することになるだろう」


 シロークは数枚の書類を見ながら言った後、それらをデスクの上に放った。


「知っているか? イスペイネはアホウドリの糞のおかげでリンが豊富だ。産業には欠かせないリンのやり取りをこれからは堂々とできる。()()()はそれだけではないだろう。コーヒーとタバコも名産らしいな。輸出入も盛んになることだろう」


 レアはこの場にいない。これを聞いていたら卒倒するだろう。だが、イスペイネの市場はカルデロンの縄張りだ。トバイアス・ザカライア商会は少数しか入れない。おそらく魔石の流通もそこを介していたのだろう。



 その日、俺たちのチームはシロークの部屋へと呼び出されていた。強制ではなく来られる人だけ来るようにと言われていたので、その場にいたのは俺、ククーシュカ、ユリナ、シロークだけだった。アニエスは調理場で女中さんたちに何か色々教えてもらっているらしい。そしてレアとカミュは一足先に彼らの本部へ戻っていた。オージーは荒らしに荒らした図書室の整理で遅れて来るらしい。集まりが悪いとか言わないように。


「今まで瀬取りが横行していたわけか……。ユリナは黙っていたのか?」

「私が見逃すとでも思ってんのか? 一度でもな」


 ユリナはへっへっへっ、と得意げに笑っている。そういうことか。共和国は魔石がなければ成り立たない社会だものな。


「さて、選挙の話もひと段落着いたことだ。協力してくれた君たちには報酬を払わなければな。と言ってもただ報酬を渡すだけではこちらも申し訳ないほどに尽くしてくれた」

「いや、正直成り行きでなったとも言えなくもない。だが、報酬はきっちりいただく。こっちも生活があるから」


 自信気に生活とは言ったものの、考えるとゾッとする。和平交渉が始まれば、連盟政府はいまだかつてないほどの大混乱に陥るだろう。政府中枢はまだしも、まだ凶悪で醜悪な魔王がいると信じている市民に、その魔王が握手を求めてきたら飛び上がるほど驚くはずだ。わけのわからない噂も出回るだろう。それだけではない。魔王の存在を信じている大多数の勇者たちがどう受け取るのか。まともに生活できるのだろうか。考えただけで身の毛がよだつ。


 連盟政府にはメディアがなく情報も広まりにくいからすぐには混乱が起きない、とは言い切れない。キューディラの例の掲示板機能が使える人間は、俺が不在にしていた半年でどれほど増えただろうか。正確な情報が伝わればまだいいのだが、そうもいかない。それ次第ではあるが、現実を直視したくない。


「共和国内ではすでに和平交渉の具体案がまとまりつつある。年も明ければすぐにでも連盟政府側に正式な通達が行くだろう。水面下ではもう連盟政府中枢には伝わっているはずだ。お互い、スパイは大勢抱えているのでな。君たちには水面下で動いてもらうことにはなるだろうが、何はともあれ、連盟政府側との和平交渉に関しては大方私たちに任せたまえ。報酬は機密ルートで渡すことにしよう。和平成立後では遅すぎるだろうからな。海を通ったり遠回りしたりで早くはないかもしれないが、確実に君のもとへ届けよう。さて、報酬とは別の謝礼についてだが……」


 シロークの話の途中でドアがノックされた。開けられると、女中部隊員が八人がかりで何やら重そうなキャスターをゴロゴロ押して現れ、部屋の真ん中にそれを置くと一礼して下がっていった。来たか、と囁くとシロークはデスクから立ち上がり、その台へと近づいた。


「これはギンスブルク家がかつての戦争で押収した武器だ。戦利品と言っているが、実際には撤退の際に拾得したものだ。そのとき前線にいた祖父の話では熊のような男が使っていたらしい。橋での戦いで使っていて、我々エルフの大隊を一人で退けたのにもかかわらず刃こぼれはおろか傷一つついていない。さらに40年経つが経年劣化も見られない。不思議なことにどれほど高熱を与えても溶けず、おまけに切れ味さえ鈍らないのだ。これほど優れた金属はないので使おうともしたが、あまりの重さに我々では扱うことができなかった。争いはもう終わる。人間(エノシュ)側に返却しよう」


 台の上の布をかぶせられたものを見た途端、ユリナが大声で笑いだした。


「はっはっはっ! シローク、粗大ゴミあげるのかよ! はっはっはっ! それ私でも持ち上げるの大変なんだぞ!? どうやって持って帰るんだよ! はっはっはっ!」

「リナ……、そういう言い方はよしてくれ。マゼルソン長官が助けになるから渡せと指示したのだから、何かしら意味があるのだろう」


 そう言うと被せられている布を取った。すると、2、3メートルはあるだろうか。とても大きな十字槍が出てきた。石突から穂先まで、皺の寄ったような光沢ある単一の金属で作られている。部屋に差し込んでいた日光に当たると、刀身をしらりと光らせた。これまで日陰に置かれていたが、日光に当てられて目を覚ましその本性を晒しているようだ。その柄に彫られていた文字を辛うじて読むことができた。


『スヴェンニーの黎明はブルゼイ・ストリカザの日に』

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