カスト・マゼルソンの手記 前編
15日、前黄麦月、共和歴8年
僕は友人であるシロークを傷つけてしまった。彼がマリアムネの話をすることを嫌うと知っていながら、その話を持ち掛けてしまったのだ。当然彼は怒り、僕を追い出してしまった。
彼の家を訪れたのは、端的言えば敵情視察だ。ヘリツェン・マゼルソン、僕の父が、ギンスブルグ家の政治的思考傾向が僕たちに一致するか、内密に調査を行うように指示をしたのだ。和平派である彼が、選挙が近づくにつれただの泡まつ候補ではなくなっていき、当選の可能性すらちらつき始めたことに父は目を付けたのだろう。もし、傾向が僕らに沿えば、表向きは保守派としてだが、シロークの支持をするつもりなのだろう。
だが、僕たちが支持をしようとしなかろうとシロークは当選するかもしれない。
まず、なぜあのことを伝えようとしたのか。彼はしないかもしれないが、この真実は彼が金融庁長官になるために大きなアドバンテージになるかもしれないのだ。僕は法律省を代表して金融省長官選挙に出馬した。
実際のところ政省からの候補者であるギルベールが内定していて、僕は泡まつ候補、それどころか保守派票捨て候補でしかなかったはずだ。しかし、その状況の中でシロークが出馬をした。
これは青天の霹靂だった。僕にとってだけでなく、ギルベールにとってもそうだったはずだ。これは驚くだけで終わらなかったのだ。なぜならある真実を見つけてしまったからだ。
その真実と言うのもメレデント政省長官は帝政支持者だということだ。まず、彼の直属の部下であるモンタンは完全なる帝政支持者であるのは間違いなかった。敬礼をしないからそうであると決めつけるのは早合点かもしれないが、彼への疑いの炎は沈静化することはなかった。
数か月前、僕は、彼の情報収集を行うように統合情報作戦局に密かに依頼を出した。自分自身でも動こうと思い、メレデントとモンタンが政省長官室で行った会話を盗聴したときのことだ。本来、そこでの諜報活動は禁止されているが、独断でそれを実行した。もし明るみに出れば、省間における信頼関係の崩壊だと言って懲戒処分では済まないだろう。
しかし、帝政支持者であるという確たる証拠があればそれは一転させられる。だが、まさかモンタンが帝政支持者なわけがない。自らの中にある彼への強すぎる疑いの念を晴らすために覚悟を決め盗聴を行った。
だが、なんと、彼らは二人だけの時『ルーア、万歳!』と言っていたのだ。これによりモンタンどころか、メレデント政省長官まで疑いが広がってしまったのだ。この敬礼は帝政時代の挨拶みたいなものだ。それだけで断定してしまうのもなお短絡的過ぎると思い、諜報活動の拡大と継続を指示した。
その結果、疑いでは済まされなくなってしまったのだ。ある日の盗聴記録を聞いたときのことだ。メレデント長官がモンタンを部屋に呼んでいた。会話はいつものように敬礼から始まり、「魔石はすべてルーア皇帝一族の神授所有物であり、カルテルを組む連中を排除しなければならない。カルテルを組んだ連中はほとんどが帝政時代の元貴族だ。不敬な奴らめ、皇帝の聖所持物を盗み出し売りさばいているなど。しかし、今はそれを集める必要はない。帝政思想を密かに守り続ければいい。政治は最初こそ理想郷だが、どのような形であれいずれ腐敗する。きたる共和制腐敗の日にこそ希望のノナグラムは燦然と輝き、再びこの国は素晴らしき帝国へと生まれ変わるのだ」と記録されていたのだ。
ここまでくればこの二人はもう帝政支持者だと思ってよかろう。しかし、盗聴内容だけでは世間を動かすには物足りず、確たる帝政支持者の証拠を得る必要があった。だが、これ以上は危険性が高くほかの局作業員を巻き込むわけにはいかなかった。そこで、僕は、自分自身でその証拠を手に入れることにした。
なぜなら、僕はかつての帝国の国内外の諜報組織である特別情報親衛警邏出身であり、法律省の統合情報作戦局作業員であり部長まで務めていたので、少なからず諜報活動に自信はあった。やはり侵入は簡単だった。二人がいなくなるのを見計らい、モンタンのものと思われる九芒星の金床の紋章を手に入れた。それは帝政ルーア時代の国旗である、ノナグラムの中心に麦の穂と金床が描かれているものだ。入手したのはだいぶ前だが、いまだに彼は気づいていない様子だ。
しかし、これをすぐにマスコミや当局にリークするわけにはいかない。唯一したのは、法律省長官としてではなく、一人の家族として父には報告をした。
そして、ギルベールが帝政支持者なのかどうなのかだ。彼は強硬派として立ち回っているが帝政支持者なのかどうなのかは明確ではない。だがメレデントが強硬派であり、彼の直属の部下ということなのでその可能性が高いと思って行動したほうがいいだろう。
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