血潮伝う金床の星 第五十五話
数か月前、まだアルゼンの病気で早期に退職することがまだ巷の噂でしかなかったころだ。どうやって共和国側に入り込んだのか、ワタベとシバサキと名乗る人間の男たちがギルベールの前に突然現れたらしい。
彼は人間の襲来に慌てふためいたが、二人に、お前を確実に長官にしてやる。なりたければ周りにいる偉い人間がお前を持ち上げるからそれにはすべて従え、と唆されたらしい。半信半疑なうえに国のトップを決める選挙への人間の介入をためらったが、自分自身に実力がないことを悟っていたが野心だけは強かった彼は、国の頂点に立つという欲望に目がくらんだのだ。
それから、アルゼンは病気で早期に退職することはただの噂ではなくなり、次期長官選挙が現実味を帯びた。すると、なぜかは分からないが、それまで近づくことすらなかったメレデント政省長官がギルベールの前に現れて、立候補しろと指名してきたのだ。
そのときにギルベールは二人の人間の言うことは事実だと確信した。そして自信を少しずつではあるが付けて行ったのだ。メレデントの指示通り、各地で市民や評議員に会い、握手を交わしていった。何度も“ムール貝のディナー”にも出かけていた。
忙殺される日々は野心に燃える彼にとっては辛いものではなく、むしろ自らにさらに自信を与えていったそうだ。自分はいずれ長官になることは宿命であり、そこへ到達するために天が自分を育てるために与えた忙しさなのではないかとも思い始めていたそうだ。
しかし、全てが順調なように見えたが、影はすぐに立ち込めた。
それまでの和平派は誰も候補を挙げられずに、いない候補者のために和平派団体は支持を取り付けなければいけないという、苦戦を強いられていたはずだった。そこへ、彼の金融省の同期であるシローク・ギンスブルグが和平派として立候補に名乗りを上げたのだ。
そして、無投票選挙状態だったはずが、瞬く間にシロークが支持を拡大していき、ギルベールの票を脅かすほどになっていった。これにより彼は取り乱し始めたのだ。シロークのもとへメレデント長官とともに赴いて出馬取り下げを願い出たが、自信に満ちた表情で断られてしまった。だが、それでもメレデント長官は落ち着いていたので、何か策があるのだろうと落ち着きを取り戻したらしい。
しかし、その策が彼を追い詰めてしまったのだ。
ほどなくして和平派への襲撃事件が発生したのだ。ギルベールは強硬派の事件への関与をメレデントに問い詰めると、否定も肯定もされなかった。それどころか、「黙っていればいい。お前はいずれ金融省の長官になるのだから」と言うばかりだったそうだ。
手段を選ばないことに違和感を覚え始めた彼は次第に心を病んでいったそうだ。落ち込むことが原因で酒の量も多くなり、ついには体にも影響が出始めてしまい、入院することになったのだ。会議も欠席がちになってしまい、普段の仕事さえも手に着かないほどになってしまった。
そこへとどめを刺す事件が起きた。
金融省でのガス爆発でカストが亡くなったのだ。話を聞いたとき、ギルベールはそれが事故ではないと瞬時に理解したそうだ。そこで二人の人間に問い詰めると、「勘がいいな。あれは事故ではなく事件だ。大丈夫。君はこれで長官になれる。あの事件を人間が、シバサキがやったことにすればユリナは必ず強硬派に回る。そして、和平派は地上からいなくなる」と言ったのだ。
それを聞いて背筋が凍ったそうだ。地上からいなくなる、つまりシロークまで殺してしまうのではないだろうか。自分以外の同期とその関係者が、これ以上何かしらの形で血を流すことになると思い、彼は自刃も考えたそうだ。だが、できるはずもなかった。そして、一時は動けなくなってしまったそうだ。
カストの死は事故などではなく事件であり、それを起こしたのはあの人間二人の仕業であり、その人間がメレデントに一部で通じていることも彼は言い放った。本来敵対しあう間柄の両者は、お互いの思惑が一致していたため、近づきはしなかったものの、目に見えない形での情報交換などの協力をし合っていたのだ。
ギルベールは強硬派と言っても、これまでの戦争のような膠着状態を継続させるだけだと思っていたらしい。しかし、実際は人間二人の考えは血で血を洗うような大きな争いを起こすつもりだったらしい。人間でありながら戦争を起こそうと介入した理由は不明だ。そして、メレデントもそのつもりだったようだ。違う点があるとすれば、彼は『強いエルフの国家』を作り、人間の魔法に負けない軍拡の後に戦いを挑むつもりだったらしい。
彼は演説の最後の方ではすっかりふらふらになり、顔を真っ赤にしていた。そして、すべてを言い放つと、壇上の上でばったりと倒れてしまった。しかし、その顔はどこかやり切ったような顔をしていたそうだ。彼は長官選挙への立候補を正式に取り下げ、病院に入院することになった。
彼の発言を受けて、強硬派の候補者だけでなく、派閥そのものへの人間の関与が取りざたになった。また、爆破事件を起こした人間などと和平は結べるのかと和平派への反発も起きた。しかし、強硬派へ介入し自ら戦争を起こそうとしたその人間二人の意図が大衆には理解されず、大きくなることはなく、評議会選挙自体も目前に迫っていたためすぐに沈静化した。
その直後に行われた、候補者が一人になってしまった選挙は、市民投票結果での繰り上げ当選で泡まつ候補二人があがった。しかし、彼らは準備も何もない状態だったので、ほぼシロークの当選は確実だった。選挙の結果も予想通り、シロークが当選した。
紆余曲折を経たが、シロークは次期金融省長官に決まったのだ。
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