血潮伝う金床の星 第五十四話
「私が守るのは国の秩序。つまり法律だ。秩序のためならば何をしてもいいか? そんなことはあるはずがない。それを扱う者は感情に流されず、秩序に基づいて手段を選らばなければいけない」
金融省長官選挙が終わり、狂乱の熱気も静まってきたころだ。法律省長官のヘリツェン・マゼルソンは俺とユリナを彼のオフィスへ呼び出していた。
彼のオフィスは整理されているがところどころ雑に山ができ、タバコを吸わない彼の部屋の壁はヤニではなく日焼けと年季で色がついている。棚にはずらりと盾が並び、ほこり一つないそれらはマゼルソンのこれまで業績を音も出さずに輝き讃えている。
俺とユリナをソファに座らせて、窓の外に目を細めながら穏やかに話をつづけていた。
選挙戦が終わると気が抜けてしまい、腰椎と尾てい骨の間に隠れていた疲労が副交感神経優位を待ってましたと全身に広がり、起きて歩くのも面倒なほどに眠い日々を過ごしていた。そこにきてこの法律省の長官のじいさんは俺たち二人を呼び出し、長い話をし始めたのだ。話の最中に俺の意識は幾度となく宇宙へ飛んでいった。エ〇バッシはこうしてテレポートを実現させたのだろうか。そのたびに脇腹にユリナの肘が刺された。
「確かに息子を殺した相手は憎い。だが、それに流されてしまっては文明を持たない未開人と同じになってしまう。かつてのエノシュ、お前たちのようにな」
そう言うと彼は口角を上げて俺たち二人の方へ振り返った。その言葉と振り返った彼の姿にはたと目が覚めて、思わずユリナの顔を覗き込んでしまった。彼はふふふと笑っている。
「かつての特別情報親衛警邏の私が人間を見分けられないと思うか?色々調べさせてもらった。もっともイズミに関してはエノシュであること以外はまるでいなかったかのように調べが付かなかった。だが、案ずるな。エノシュもエルフも違いなどもはやないに等しい。エノシュが、ましてや旧貴族ではない連中がエルフの頂点に立つなど到底看過できるものではない。だが、ユリナの異例の出世スピードとエルフへの貢献度を鑑みると、ユリナ以上に優秀な人材は残念なことにいないのでな。気に入らないからといって排除してしまうと、国のためにならん。それは秩序に基づいた選択ではなく、感情に基づいた選択だ。血で差別を未だに行うエノシュにはできないだろう。だから、何も言わないし何もせん。それに、これからは手を取り合う和平の時代なのだろう? ん?」
そして、上着の肩についていた黄色と紫の花びらを摘まみながら言った。
「それから、ギンスブルグ長官……、いや、もうこの呼び方は混同してしまうな。ユリナ軍部省長官、シロークに伝えてくれ。葉芽月の終わりから君たち二人と同じ円卓で話し合うのは楽しみだが、そこで夫婦喧嘩と夕飯の献立の話はするな、と」
シロークの票獲得が不安定だった選挙戦が大きく動いたのは、もちろん前回の四省長議で保守である法律省評議員が彼の支持を表明したことが大きい。
さらに事態が動いたのは、四省長議の翌々日、つまり評議会選挙の三日前の夜明けのことだった。昇る朝日が青搗の空を緋に燃やすと、新聞がグラントルアの街を駆け巡った。
カストの日記の内容がスピーク・レポブリカ紙とザ・メレデント紙において共同で公表されたのだ。それにより多くの真実が明るみに出て、偉大なる政治家であったはずのメレデントは、長官任期中にもかかわらず罷免されることになった。そして、かつて起きたいくつかの事件の再捜査が行われることになったのだ。
しかし、すでにメレデントはどこかに雲隠れしていた。彼の邸宅は空になり、孫のウリヤさえいなくなっていたのだ。俺が長議の後に聞いた「西方への視察」とはこういうことだったようだ。どこかへ逃げ果せたのだろう。もちろん、当局には伝えたが、時間が経ち過ぎている。首都の位置から考えて国外にはまだ達していないだろうが、だいぶ移動を許してしまったようだ。
そして、新聞による政省長官への告発と時同じくして、行方をくらませたメレデントと入れ替わる様にギルベールが現れ、政省内の強硬派で起こっていたことをすべて暴露したのだ。
彼は入院中の病院からこっそりと抜け出し、新聞の内容に突き動かされて評議会議事堂の前に押し掛けた市民の前に立ちはだかり、演説を始めたのだ。
あまりにもその騒ぎが大きくなり、ギルベールを抑え込みに来た関係者と怒れる市民が取っ組み合いを起こし、それが広がり暴徒と化してしまうことを恐れた議事堂職員が急遽多目的ホールを彼のために開放したのだ。改めて用意されたホールの壇上に立ち、彼はその自慢の大きな声をさらに大きく上げて演説し、その中でこう語った。
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