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違う。お前じゃない。 第二話

「なんであなたが賢者に選ばれたか知りたい? この間の橋の一件あるじゃない。あの件を上に報告するときに嘘にならないレベルで内容盛りまくったのよ。仲間をかばうため自ら罪を被り、すさまじい拷問を耐えたとか、その熱い人望が世界最大の商会を動かしたとか。そしたら昔馴染みの役員と管理部長がえらく気にいってくれたみたいで、ついでにダメもとで賢者への昇格申請してみたのね。申請も役員一名以上および部長二名以上の推薦てのが条件でちょうどいいからさ。会いたがってはいたけどあまり人間界に干渉するのもよくないからって、あっさり推薦してくれたのよ。あとね、うちだけで賢者を二人出したからあたしも役員になれるかもしれないのよ。最近は女性も役員にするのがはやりだからんっね♪」


 事の経緯を説明しながら女神は立ち上がり、腰に手を当て部屋をうろうろしだし、んっね♪のところで俺の両肩を後ろからぽんと叩いた。手に持っていたコーヒーが波打つ。

 役員、管理部長、推薦、そしてさっきの事務員、もうここは日本のどこかにある株式会社の一室なのではないだろうか、と揺れる水面を見ると反射した女神と目が合った。背中で悪い顔はしていないので大丈夫なのだろうなとすこしだけ思った。


 ただ、気がかりなことがある。この部屋、空間にいる二人で昇格話が完結するならいいのだが、この女神が所属しているおそらく比較的大きな組織にいる他の人のことだ。人事部、管理部だけではないはずだ。アドボカシー室なんていうのもあると言っていた気がする。離れていく女神の両手を追うように彼女のほうを振り向いた。


「こないだハラスメント対策組織とかいう別の女神みたいな人に聴取されたんですが、それはどうなったんですか?」


 床に落ちていた紙切れを見つけた女神はそれ屈んで拾いながら


「あのバ、あの人は確かに上に報告してなかったし、あとでしぶしぶ出してきた記録も『相互理解の欠如』くらいしか書いてなかったから、あなたにとっては残念だけどただの『ささいなケンカ』てことになってるのよ。終了した議題はルール上では二度と議題に上がらないことになっているから何がどう転ぼうと覆らないわ。ただ、そこがねらい目なのよ。もしその記録が正確で表ざたになればあたしはハラスメントの管理を怠ったと評価は下がる。必然的に役員は遠のくわね。でも、委員会が記録をつけなかったことで尋問を受けた事実はあるけれどもハラスメントの事実は存在しないことになった。つまり、あなたが仲間のために体をはった、ということになるのよ、それっ」


 紙切れを丸めるとごみ箱に投げた。離れたところにあるのにもかかわらずぴったりと入った。


「それ、大丈夫なんですか? 業績ならシバサキさんの前に勇者をしていた人のほうがいいんじゃなですか? いきなり賢者になって何もわからないのに医術なんて無理です。そして今まさに女神さまは干渉しまくりな気がするのですが」


 カフェインが回ってきてすこし落ち着きがなくなったのか、質問攻めのような形になった。


「あんたはこっちから行かないと断絶するからでしょ。アホ。彼は確かに優秀なんだけど、いろいろ女の子でやけどしてるからね。また最近の流行の話になっちゃうんだけど、女性問題多いと評判とか、ね。それだけじゃないんだけど。いろいろ複雑なのよ。同期にもすでに賢者はいたからね」


 向かいのソファにどっかと座った女神は残ったコーヒーを平らげるようにマグカップの底を見せた。デンマークの有名な会社のものだ。


「知識に関しては安心なさい。あたしがゼロからぶち込んであげるから。技術も最初の一歩くらいまではアプローチしてあげるわよ。あんたが日本で生きていた時みたいに失敗のトラウマに飲み込まれない程度にね。あ、もう辞退できないから。さっきコーヒー飲んじゃったでしょ。あれで手続き完了だから」

「一方的ですね。でもなんだかいろいろありがとうございます。頑張ります」


 俺は昇進について納得も合意もしていないが、悪い気はしない。そして、女神が役員になるために俺を利用しようとしていると取りようによってはそうなる。しかし、蹴落とそうとしたり足を引っ張ろうとしたわけではないし、上司を評価するときには部下の立ち振る舞いも加味されるのは一般的だ。


 もしかしたらこの女神は何かを変えようとしているのかもしれない。それはきっと俺たち人間のあずかり知らぬ次元の話で、変わったところでさほど影響もないだろう。

 でもこの人は恐れを知らない。抱いていたとしても表に出さないで立ち向かおうとしている。


 生前のことを女神が知らないわけがない、か。逃げてばかりの人間とは違う世界に住んでいるのだ。

 あっちで嫌になって逃げだして、不慮の事故で死んでこっちにきた。死ねばまたどこかに飛ばされるかもしれない。もはや死ぬのは逃げ道ではないのか。意外と早く冷めきったコーヒーを口に運ぶと苦味だけが広がり、アロマの匂いにも鼻が慣れてしまっていた。


 しかし、それと同時に閉鎖的な恐怖に腹の底が冷たくなる一方で、この世界で立場をもらえてまたどこかで初めからやり直すために死ななくてもいいような安堵感を覚えた。


「あの、まさかこの間のマカダミヤのチョコも何かあるんですか?」

「この間のは大丈夫よ。ホノルル空港の免税店で買った普通のチョコよ。あそこダニエル・K・イノウエ空港って名前変わったの知ってた? そうそう、それから、昇格の話はぜーったいに口外しちゃだめよ。よく思わない連中もいるから弱いうちに殺しとけーってならないうように。まだ死にたくないでしょ? 死ぬのは知ったこっちゃないんだけど胸糞悪いからね―――あんたの一番近くにいるかもしれないし」

読んでいただきありがとうございました。感想・コメント・誤字脱字の指摘・ブックマーク、お待ちしております。


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