血潮伝う金床の星 第五十三話
その翌日、マリークと庭で遊んでいると女中さんたちが門の方へ集まり始めた。それに続いて、またしてもジューリアさんが現れた。彼女の話では、またしてもカールニーク家の子どもが訪れたそうだ。そして今度はオリヴェルだけではなく、シモンも一緒に来ているようだ。
学校が長期の休みの間、広い敷地内とは言えそこから出られることがなかったマリークは突然の友人の来訪に大はしゃぎだった。が、またしても我慢させて、まずユリナとシロークを呼んだ。
門をあけられたオリヴェルは、前回のようにわなわなと震えている様子はなく、女中部隊に囲まれても前を向いて踵を地に着けるように堂々と、胸を張ってずんずんと屋敷に向って歩いている。二人が身に着けているリボン・グリーン団の腕章は外されていない。だが、ぴったりと裏返っている。
玄関が開けられて、シロークの前に立つと「我々リボン・リバース団は、和平派ではなく、シローク・ギンスブルグの支持を表明します!」と大きな声が響き渡った。
それを聞いたシロークは表情をきりっと変え、遊びに来た子どもではなく客人として迎え入れた。
客間に通された二人は椅子に座ると、リボン・グリーン団の腕章を外して話を始めた。
「シローク・ギンスブルグさん、急な訪問になり大変申し訳ございませんでした。ですが、迎え入れていただいたことに感謝いたします。本日はお渡ししたいものがあり、お伺いいたしました」
と言うと服の中をあさり始めた。女中部隊はざっと構えたが、シロークは右手を挙げて制止した。
オリヴェルは上着の中から一冊のノートと封筒を取り出し、それらをそっとテーブルの上に置いた。
「これを渡しに来ました」
「これはいったい何かな?」
「先日亡くなられたカスト・マゼルソンさんの日記です」
それは、カストが生前、俺に託そうとしたノートのようだ。だが、爆破事件の時にはすでに抜き取られていたはずだ。なぜ彼らが持っているのだろうか。
一堂に緊張が走ると、オリヴェルとシモンはこのノートを手に入れた経緯を話し始めた。
リボン・グリーン団の政省舎内見学ツアーが催されたとき、オリヴェルとシモンはメレデント、モンタンの二人と面会をする団員に選ばれた。そのとき、二人は「普段二人が働いている部屋を見たい」と言った。モンタンは会議があるのでダメだと言ったが、メレデントはそれを快諾したのだ。実は二人は強硬派の何かしらの表ざたになっていない情報を手に入れようとしていたのだ。
メレデントの部屋を訪れたときはあまりにも短時間で何も見つけられなかった。しかし、モンタンの部屋を訪れたとき、運よくギルベールが邪魔に入った。酔っぱらった様子のギルベールはモンタンに絡み、メレデントに泣きつくと、みっともないところを子どもたちに見せられないと彼を連れて部屋を出て行ったのだ。
モンタンの部屋には二人だけが残されたので、チャンスだと思ったらしい。
そこでデスクの引き出しやら、棚の中やらを探してみたが、書いてあることが難しいので何が怪しいのかはさっぱりだったらしい。しかし、シモンがふと机の下を見ると、まるで隠してあるかのようにこのノートが入っていたのを見つけたのだ。
埃を払いノートの表紙を見ると、カスト・マゼルソンと言う名前が書いてあった。爆発事件はガス爆発として知っていて、カストが犠牲になったことも知っていた二人は、何かを感じ取り、これをこっそり盗み出すことにしたのだ。荒らしまわったところを慌てて元に戻した頃、メレデントとモンタンは部屋に戻ってきた。
その後、二人はこわごわではあるが見学ツアーを終えて政省舎を出た。マレク・モンタンの机からカストの日記を持ち出すことに成功したのだ。二人は早速中身を読んだが、難しいことばかりで内容がわからなかった。するとシモンがニタニタと笑いだして、オヤジに、ザ・メレデントの社長に見せようと言ったのだ。それから二人はザ・メレデント紙の編集部に直接向かった。
シモンの父親であるパヴェル・エンゲレンは最初こそ忙しいと一蹴したが、シモンが「オヤジ、スクープだぜ、ひひひ」と言うと食いついたそうだ。そして、盗み出した日記を渡すとすぐに読み始めた。彼は日記を読んでいくうちに見る見る表情を硬くしていったそうだ。
それから数時間経つと、うちに見せるものではない。和平派のシローク・ギンスブルグにまず見せなさいと言ってきたのだ。そしてその時、日記と一緒に私の手紙も渡しなさいと言われて届けに来たようだ。
「危ないことをしたな……」
「パヴェルおじ……ザ・メレデント紙の社長に託された手紙の中身はまだ見ていません。先ほど女中さんたちにお願いして安全性を確認していただきましたので大丈夫です」
と言うと、オリヴェルは手紙を日記の上に置いた。シロークはそれを手に取り、ゆっくりと開くと、中身を読み上げた。
“シローク・ギンスブルグ金融省一等秘書官殿
無礼を承知でこの手紙と日記を息子のシモンとその友人オリヴェルに預けた。これは過去を顧みて未来に橋を渡すものだ。確実に君の元へ届かなければならない。しかし、私が直接赴いては信用にかかわる可能性があるからだ。何せ、あなたはこの国の財布のひもを握ることになるお方だ。
これまであなたやあなたのご家族・ご友人を侮辱するような記事を幾度となく書いてきた非礼を詫びよう。ザ・メレデントはタブロイド紙ではあるが帝政のころからある、どこよりも歴史の長い新聞社だ。だが、ふざけた内容であるからこそ生き延びられたとも思えるのだ。
我々が潰されることなく今日まで残り続けたのは、この瞬間、あなたへの支持を表明し、あなたを確実にあの円卓に送り届けるためではないだろうか。和平派のスピーク・レポブリカ紙にはあなたからではなく、私自身から伝えよう。そして、子どもたちのしてしまった盗みは決して許されるものではないが、これは公にならなければいけないものだ。どうか許してやってほしい。
ザ・メレデントは夜明けとともに鬨を上げ、タブロイド紙ではなくなる。社名も改めることになろう!
和平派の共和国に栄光あれ!
ザ・メレデント社長 パヴェル・エンゲレン”
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