血潮伝う金床の星 第五十一話
マゼルソンが出て行ったあと、今度は柱の影から丸い顔がひょいと覗いた。口髭の男はアルゼン金融省長官だ。そして、まるで何かを警戒するかのように禿げ頭をきょろきょろと回しあたり見回した後、険しい顔をして出てくるとユリナの傍へ寄ってきた。目の前に来ると途端に表情を変え彼女を心配するかのようにのぞき込んだ。そして肩を両手でバシバシと叩いている。
「お祭りが好きなお姫様だ。全く。ヒヤヒヤしたぞ。この間から私の血圧を上げて楽しんでいるのかね!? 寿命が縮まったぞ。ほっほっほっ」
「旦那ァ、あんたそんなに長くねぇだろ。死んだらラードで揚げたドーナッツで、砂糖とチョコスプレーまみれのピラミッドでも作ってやっから期待してろって」
「ほっ! 生きているうちに拝みたいな! 気持ちで負けてないか心配だったが、まぁ、減らない口は大丈夫そうだな! ほっほっほっ!」
肩から手が離れると、笑っていた顔が先ほどのように厳しくなった。
「私の方はある程度任せろ。元通りとはいかないが手は打つ。負けてはならんぞ。絶対に。私が後進を育てなかったのは、本来は君のためだったのだがな。君が偉くなってしまったからどうしたものかと思っていた。だが、君が見込んだシロークという男ならきっと大丈夫だろう」
と言うと、なぜか俺の肩をポンと叩き、君もな、と言うと議事堂の奥へと向かっていった。
それを俺たちは廊下の曲がり角で見えなくなるまで見送った。
「ずいぶんあちこちから信頼されてるじゃない」
「うっせ、クソ漏らしは黙ってろ」
「あー、そういえば聞きづらいんだけど……爆破事件についてなんだけど……」
「あんだ? 心配したか? 私が姿勢を変えるかもしれないって」
それに歯切れ悪く、うん、まぁと答えた。
「……まぁ実際、悩んだことは悩んだ。人間が犯人であること自体に怒りは覚えたが、和平派であることを変えるつもりはなかった。それで済めばよかったが、犯人がシバ、あの男であることはめちゃくちゃに腹が立った。しかも、お前黙ってただろ? それで余計に腹立っちまったんだよ。でもなぁ、黙っててくれたから、良かったとも言えんだよ。もし、事件直後にあの男の話まで聞いてたら私も爆発してたかもしれない。黙ってたのは、そりゃ腹立つが少しだけ冷静になる時間になったかもな。そこはありがとな」
「黙ってたことは申し訳ない。相手が相手だ。もし俺がユリナの立場なら戦争だ! とかいうかもしれないから」
「私をクソ漏らしと一緒にすんなや。テメェが言った日にゃ本気で私一人でも突っ込むかと思ったわ。でも、さすがにな……。マリークもイリーナも、シロークもいる。家族に迷惑しかかけないのはツラいから抑えたさ。それに国の頂点に立つ者がそんなんじゃダメだろ。しばらくしてれば怒りも収まるとこだった。んだが、どっかからかは知らないが、爆破テロで、しかも犯人が人間であることがバレてたらしい。強硬派がそれを利用して、何とかして人間嫌いな私を引き入れようとしてたんだわ。(人間なのにな)そして、イラついて籠ってる間に私はいつの間にか強硬派にされてて、引っ込みがつかなくなってたんだよ」
「それで、逆にそれを利用したと」
「そゆこと。私はひとっことも強硬派と言う単語を使わないで、そいつらにいい顔し続けて、会見で正式には発表しますって煽ったわけ。国民全員に知らしめたい! てな。そしたら連中、大慌てで準備始めんだよ。選挙目前だしなァ」
「さすがと言うべきか……」
「お、もっと褒めてもいいぞ」
「なぁ、でもさ……」
俺以外の目撃者はカストの葬式まで意識が無かったのに、なぜ情報が漏れたのだ?
強硬派疑惑の記事が出た頃、被害者たちの容体は以前に比べて回復したと聞いていた。しかし、まだ重度のやけどを負った彼らは聴取に応じられるような時期ではなかったはず。
だが、それを考えるとモンタンが葬儀後に伝えていたのはいったい何なのだ?
そして、部屋から出なかったシバサキを見たのは、被害者たちだけで、目撃者は全員巻き込まれ被害者となったはずだ。
何かおかしい。被害者以外に彼のことを言える者がいるとすれば、それは犯人だけでは……。そして、モンタンは政省秘書官なのに、なぜ金融省長官の指示で運ばれた病院の被害者の話を聴けたのか。
いやな考えが背中をぞわぞわと駆け巡る。俺は考えるのを止めた。だが、ありえないと否定できない自分もいる。
「なんだ? なんかあるのか?」
「シロークをかまってやれ。萎えてるぞ」
俺は咄嗟に誤魔化した。
「いったいナニが萎えてるんだろなぁ!? ははははは!」
ユリナは腰に手を当ててカラカラ笑っている。
ああ、もぅ、と顔を押さえてしまったが、気を取り直した。
「これからどうするつもりだ?」
「どうしたもんかなァ……。正直成り行きに任せるしか。とりあえず明日の四省長議の後に考えるか」
「間に合うのか?」
「さぁな、でも負ける気しねぇんだよ」
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