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血潮伝う金床の星 第五十話

 集会の翌朝はアニエスが来る前に目が覚めたので、彼女がノックをするタイミングを見計らってドアを開けて驚かせた。屋敷の中は朝の静けさにつつまれていたが、少し前の寒々しいだけのものではなく、そこには希望が満ち満ちているようだった。


 始業と同時に始まった軍の背広組を集めた会議があったり、派閥乗り換え疑惑で迷惑をこうむった評議員への面会があったり、とその日は朝から忙しかった。慌ただしく朝の会議を終えて評議会議事堂のエントランスホールに向かう廊下の途中で、モンタンが俺たち二人を追い越していった。彼は止まることなく首を向け俺とユリナを一瞥して、ふん、と鼻を鳴らして議事堂をすたすたと出口へと向かって行った。

 その感じの悪さに彼を目で追うと、彼は人込みの中へ消えたていった。そしてホールのドアのあたりの人ごみの中でマゼルソンが二人の男と何か話しているのが見えた。スーツを着慣れている様子ではない男たちはおそらく部下だろう。二人を交互に見るマゼルソンの話に真剣に耳を立て、うんうんと頷いている。

 マゼルソンはまだ遠くにいる俺と目が合うと、俺の前を歩いていたユリナにも気が付いたのか、部下たちを手で払った。そして、一人はモンタンの来た方向へ、もう一人は評議会議事堂の外へ、と別々の方向へと去っていくのを見送った後、靴を鳴らしてこちらに向かってきた。


「お姫様はバカ騒ぎが好きなようだな。久しぶりにお気にのマジックマミーを連れてお散歩か?」

「あら、ご機嫌麗しゅうございます。元、侯爵さま。元な。ロン毛のバカ息子の墓には手ェ合わせたか?でないと爆死ゾンビ息子にハラワタ喰われるぞ」

「知ったことか。聴衆を集めるだけ集めて自らの立場を宣言するとはな。グラントルア全域、いや、国中にあれだけ知れ渡ってしまったら手のひら返した連中の引っ込みがつかない。おまけにメディアには正式に発表するからそれまでは具体的な記事にするなと指示を出すなど……。箍が外れているにもほどがある」

「札束で殴って靴舐めさせた評議員どもにコソッと言ったとこで何もかわりゃしねぇからな。それに誰かを間に挟むと伝言ゲームで変えられちまうし。だから、私が誰にでも見える形で宣言して、こっちから萎えちまった評議員たちに出向くんだよ。ちょうどいい。あんたもそいつらに会ったら伝えてくれよ。杖で殴らねぇからビビって穴の中籠ってないで出て来い。殴ってほしけりゃ瓦とレンガ持ってく、ってな」

「……寝ぼけたことを。法律省の評議員は揺らぐものではない。そういえば、騒ぎを起こす前にメレデントとたびたび会っていたそうだな。何を話していたんだか」

「お? おお? 若い娘とオッサンが二人っきりの部屋の中でこそこそした話の内容が気になんのか? 相変わらずギットンギットンだな。ひゃぁ~」


 あらあら、と口を押えて右手をひらひらさせるユリナをマゼルソンは睨んだ。


「黙れ。貴様の言動は頭の上から足の先まで下品だな。何をしようと知ったことではない」

「あんたも大概だろ。いいぜ。何を話したか教えてやるよ。てか、言わなくてもわかんだろ?自らの立場を保持したまま、派閥に加わらないかって話だよ。ダンナが和平派なのに家庭内別居させる気かよなァ?その時、私はイエスともノーとも言わなかった。では今度会見を開いて正式に発表いたします、と笑顔いっぱいで答えてやったさ。そこで断っちまったらこの間の会場をあそこまでセッティングしちゃくれなかっただろうなァ。外から入れないようにあれだけ頑丈にするたぁな。だが、おかげで言いたいこと言えたぜ」

「……家庭内別居は狙っていたかもな。あの男が身の回りの若い女に手を出すのは昔からだ。メレデントが貴様のところへ一人で来たわけではあるまいな?」

「モンタンのクソ坊ちゃんがドアの前で待ってたな。イズミ、お前あんとき奴と廊下で待ってたよな?なんか話したか?」

「いえ、自己紹介も含めて話は全て流されました」

「うわ、辛辣……。だが、それがギルベールじゃねぇのが不思議だ。あちこち連れまわしてあんだけ気に入ってんならモンタン推せばいいと思わねぇか?」

「くだらん。腹の底が見えない飼い犬に手を噛まれるのが怖いのだろう」


 先ほど議事堂を出て行った方の部下が戻ってきた。そしてマゼルソンの傍まで来て彼に耳打ちをした。マゼルソンはそれに、ん、と小さく頷くと上着の襟を正した。


「小娘の下品な話を聞くだけになるとは、とんだ無駄な時間になってしまった」

「あぁあぁ、時間はテメェだけのもんじゃねェ。じゃ私の時間も返してくれよなァ」

「次に会うのは四省長議だな。選挙までの少ない時間でせいぜい足掻くといい。結果は変わらんと思うがな」

「はっ、保守派の候補の健闘をお祈りしています、ぜ。テメェは選挙の後に土をかぶせちまう息子との最後のお別れに行ってこい。祟られっぞ」


 彼は部下を連れて議事堂を出て行った。

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