アトラスたちの責務 第六十一話
「渡した物は私が思いついたデータをいい加減に並べただけの全部デタラメです。交渉が上手くいかなかったときの強請の材料に使用としたのでしょう。私が裏切り者であると言う印象も植え付けて内部に混乱をもたらしたかったようですね。それも重ねて、ご協力ありがとうございました」
「問題ない。何事も恙なく進んでいる。メイドコミュニティにも子細は伝えてある。今日の正午に全ての情報を解禁としてある。今頃、主達に伝えている頃であろう。だが、今日は些か時間を要したな。少し疲れた。コーヒーを貰おうか。さて、私たち協会も通常業務に戻るとしよう」と頷くと、私の方を見て眉を上げた。
「カミーユ、どうかしたか? 何か事件にでも巻き込まれたような顔をしているが、大丈夫か? マルタンは遠いからな。疲れたのか?」
あっけにとられてしまい、口を開けたまま父上とレアを交互に見つめてしまった。
「こ、殺してしまったのですか……?」
レアは両眉と肩を上げると「まさか」と言った。
「今頃さっきのワンちゃんと戯れてるんじゃないですかね?」
「しかめた顔をなめられて餌でもねだられているのではないか? 尤も、主人があちらの処分を受けてもなお無事でいられるならの話だが」
「ということは、サント・プラントンに帰したのですね?」
「問題なく帰れていれば、たぶん。生きていれば、いいんじゃないですか? 双子共々、似た顔を二回手にかけるなんて、私もうんざりですよ」
たぶん。レアなら本当にあっさりと殺しかねない。確実に帰したと言ってほしいものだが。
「表の民間軍事会社の兵士たちを解散させますね。彼らも気が気でならないでしょうから」
レアはぺこりと頭を下げると執務室を出て行こうと背中を向けた。
私は何も出来なかった。出て行くレアの背中を口を開けて見送ることしか出来なかった。
レアも父上も、今この瞬間まで、この部屋で起きていたことなど何も知らないかのように淡々としている。耳の内側、鼓膜が震えているかのような動悸が収まらないのは私だけなのだ。
思い起こせば、全て父上の言ったとおりだった。
私やレアがいることで商会側は自分に有利に進めようとしていた。
レアは現会長のイサク・ベッテルハイムの妹であり、私は頭取の娘であり反対することで父親が動かされると踏んでいたのだろう。
しかし、蓋を開けてみれば、レアは何も言わなかったが協会側であり、私が反対することで父上により強い言葉での否定を導いてしまったのだ。
連盟政府はこの決定により経済的に孤立する。細々と光の当たらない場所でこっそりと行われていたが国家としての体を保つ為に必要であった最低限の流れ、微少だが満遍なく広がり束ねれば大動脈にすら匹敵していた、最後の砦であるそのやりとりさえもなくなる。
それが何を導くのか、戦争だ。




