アトラスたちの責務 第六十話
「あなたは確か、トバイアス・ザカライア商会から依頼を受けてヴィトー金融協会の潜入調査をされていましたね。私の兄を殺してまでユニオンと協会に忍び込んだのは素晴らしいです。では、ロジェ頭取との取引が上手くいかなかったので、遠慮無く教えていただいたあの情報を早速本部の方に報告させていただきますね」
「それは困りましたね」とレアは父上の方へ振り返った。父上は口をへの字に曲げてレアを見つめ返した。レアは考え込むように視線を上に向けて小首をかしげた。
「頭取、床が汚れてしまいますが構いませんか?」
「それは困る。この社屋は新しい。腐った血の染みがついてはまた新社屋を建てなければいけない」
「かしこまりました。では、一機飛行機をチャーター出来ますか? 南西の海上まで飛ばしていただきたいのですが。私如きではさすがにユニオン政府が許可を出さないので」
「よかろう。何をするつもりかね。ああ、そういうことか」と言うと執務机の端に置かれたキューディラの受話器を取り上げた。どこかへ一言二言の連絡をして受話器を静かに戻した後、「ところでレア、君は何をこの男に教えてしまったのだ?」とレアに尋ねていた。
「マルタン国境での取引の明細です。例の偽ルードがユニオン国内全体に満遍なく大量に出回っている証拠となりうるものです」
「それは困るな。ユニオンにも協会にも大ダメージになる。大至急、飛行機を手配して、これからすぐに飛ばそう。あまり遅くなると明朝の漁師たちの網にかかって助かってしまう。今は漁のシーズンだ。船も多かろう。確実に頼む」
「かしこまりました。ではラビノビッツ」
レアはラビノビッツの方へ近づいていき、腕を思い切り掴んだ。レアは体躯の割りにかなり力がある。上膊と服の皺が親指の形に飲み込まれるほど強く掴んでいる。
ラビノビッツは痛みに顔をしかめた。
「あなたをこれからラド・デル・マルの海上、南西方向に十九マイル、上空三千フィートの青空の世界へご案内致します」
執務室のキューディラが鳴り響いた。父上がそれを取り上げると、「うむ。わかった」と言うと受話器を置き、「先ほど、ラド・デル・マルの空軍基地から飛行機が飛び立ったそうだ。後数分で現地付近に着くそうだ」と言った。
「ありがとうございます。では飛行機を目印にしてポータルを開きます。そのまま落とすことにしましょう」
逃げだそうとしたラビノビッツを、どこから取り出したのか紐でぐるぐる巻きに縛り付けた。「これだけでは、沈みませんね」と言うと、またしてもどこから取り出したのか鉄球の付いた足枷を四個、両足両足に付けた。
付け終わると同時に移動魔法を唱え始め、ラビノビッツの足元が円形に光り始めた。
「では、ごきげんよう」と言うと魔方陣はポータルに変わり、ラビノビッツはそこへ飲み込まれていった。
レアはすぐにポータルを閉じるとため息をして「ロジェ頭取、本日はお忙しい中、ありがとうございました」と父上に頭を小さく下げた。




