アトラスたちの責務 第五十八話
ラビノビッツは黙り込んだ。商会に対する侮辱。この上ない侮辱。こうまで言われては言い返そうにも言葉が出ないのだろう。
「いつまでそこであぐらを掻いているつもりだ、商会? いい加減に気がつけ。貴様らが座るそこは、アトラスの倒れた柱の瓦礫の上だ。我々を農奴上がりと罵れる立場ではないぞ」
父上は追い打ちをかけた。
ラビノビッツはついに眼瞼を震えさせ始めた。
覇気と意地とぶつかり合い。だが、この場の空気を席巻しているのは父上。ラビノビッツでは到底敵わない。もはや、協会の思うままだ。
まだ結論は出ていない。だが、私はたった一つ確信した。
この取引は終わったのだ。恐るべき未来への一歩、それも大きな一歩を踏み出してしまったのだ。
「私はあなたが何を言っているのか、理解出来ませんね」
しかし、ラビノビッツは引き下がらない。これ以上状況を悪く出来ようものか。
もう口を開かず、何も言わずに、音さえ立てずにすぐに帰って欲しい。いっそ私がポータルを開いて落としてしまえば。
「私たち商会がいなければ紙幣の流通もできない。あなた方が発行している紙くず、紙幣というのは、金や銀といった確かな価値があり兌換が補償されている金貨や銀貨ではない不換紙幣である限り、どれだけ発行しようともただの紙ではありませんか。農奴上がりが何を言っても無駄ですよ。何をしても踊っているその足元は、私たちの大きな掌の上にすぎないなのです」
「グルヴェイグ指令」と父上は呟いた。
「あの作戦は、その貴様らの掌という安っぽい舞台の装置か?」
ラビノビッツは舌打ちをすると、レアを睨みつけ「余計なことを」と呟いた。その視線に対して、レアは意にも介していない。
「意味の無い偽札作りは楽しいか? 本国では偽札も真札にしたそうだな。随分焼きが回ったことをしたな。どうしたというのだ? 頭をサント・プラントンの門にでもぶつけたのか?」
「私たち商会が印刷した紙幣はとても精巧。協会の印刷した紙幣などより新しくより質も良い。それを鑑みた上で連盟政府の内部では本通貨として全く問題がない。それどころか、紙幣は新しくなるのです。
今ここで商会と取引をすることを了承すれば、ユニオンでも真札として扱わせる権利をあなた方ヴィトー金融協会にも貸し与えると仰っているのですよ。
ああ、イサク商会長殿はなんと寛大であられるか。
今ならまだ間に合います。私たちに強硬手段を執らせない方が、身の為ですよ」




