血潮伝う金床の星 第四十九話
声の大きさにハウリングの音がきぃーんと鳴り響いた。
おや? ユリナは何を言ったんだ?遠くからではあるが、良く聞こえた。
俺は壇上の上で満足そうな顔をしたユリナを見続けた。聴衆も理解できない様子で静かだ。
ワヘイハと言った風に聞こえたが、それが彼女の言いたいことだったのか?
爆破事件以降、強硬派と仲良くしていた彼女がそう言ったのか?
だが今、私はワヘイハだ、とそう言った。
つまりそれは……、とこんがらがった紐がほどけそうになった瞬間、場外の市民団体の一人が歓声を上げた。「軍部省長官は和平派だ!」と両手を挙げて、持っていたプラカードを投げ捨てた。それにつられるかのように、周囲にじわじわと笑顔が広がった。そして喜びの叫びと彼女を讃える口笛が鳴り響いた。
そうだ! ユリナは和平派だ!
『これまでと何も変わりはしない! わかったか!』
場外で沸き上がった歓声に合わせるようにユリナはさらに声を上げた。
『和平派支持の奴らァ! 私はお前らのため……、あ、じゃなくて皆様のために和平派候補者を金融省長官にさせる! いいか! よく聞け! 戦争なんてのは意味がない!』
会場内にいた評議員は席を立ち呆れかえったような顔をして会場を去ろうとしている。そこへスーツの男が慌てて駆け寄り、その男に頭をぺこぺこと下げている。男は偉そうに見下した後、無視して歩みだした。先ほど、ユリナに話を振られた秘書官は立ち上がり、横を通りかかった団体員を捕まえて説教を始めている。
そして、舞台袖から、マイクを止めろ!と声が聞こえて、集会に協賛した強硬派支持団体員の黒服の男たちがわらわらと彼女に向っていった。それと同時にブツッと音声が切れた。
「ジューリアさん、ウィンストンさん、シロークをすぐに金融省のオフィスへ!」
彼女からマイクを取り上げさせてはいけない。街中に、国中に、もっと伝えなければ、そう思った俺は傍にいた二人に指示を出し、返事も待たずにすぐさま足に強化魔法をかけ、誰よりも早くユリナの傍へ走った。金属のパイプでできた天井に上り、彼女に駆け寄る支持団体の前に着地して立ちはだかり、彼女の持つ拡声器に魔力を送った。そして、しかめた顔をしてマイクを叩くユリナに俺は叫んだ。
「続けろ!」
『おっ、サンキュー! イズミ! おっし、聞いたかお前ら! 私は和平派だ! 無駄な戦争は絶対しない! 和平派でおなじみの、みなさまの和平派、ギンスブルグ家をよろしく頼むぜ! ははははは! イズミ、逃げるぞ!』
ユリナがマイクを放り投げると、ゴンという音の後にコロコロと転がる音が響き渡った。
会場内で慌てふためく強硬派支持者と外で歓声を上げる反戦団体と和平派支持団体。どちらも大混乱の様子で、いつ乱闘が起きてもおかしくない状態だ。しかし、会場内にいるのは評議員や各省関係者とメディアと制服組だけで、慌てるだけで暴れる様な連中は少ない。そして、会場を取り囲むようにいる市民団体の妨害を想定して入念に用意された壁は簡単には突破されない。
ユリナに襟首を掴まれると、彼女が開いたポータルに落ちていった。
閉じていくポータルから見えた冬の雲一つない空には、会場の中から外から飛び立つ何十羽もの伝書鳩。地上ではそれを撃ち落とせ!と空に向かって銃を向けてパンパンと音を立てている。哀れに飛び散る羽根が視界をふさぎ、多くの鳩は空高く消えていった。
それと同時にまたしてもユリナのキューディラは鳴りやまなくなった。この場にはいないが、きっとシロークのそれも鳴り始めている頃だろう。
ユリナがポータルを開いた先はシロークのオフィスでひょいと放り投げられた。すると彼女は再びポータルを開いてどこかへ向かった。たぶん彼女のオフィスだろう。閉じ始めたポータルから笑顔で手を振ると消えていった。これから忙しくなるからシロークを手伝えということか。しばらくするとシロークが慌てた様子でオフィスに現れた。
その日のうちにすぐさまスピーク・レポブリカ紙は記事を躍らせた!
改めてユリナを支持する記事を載せ、号外もグラントルアの空を舞った。
『共和国戦放棄! 軍部省長官、和平派あることを正式に宣言!』
もちろん、ルーア・デイリー紙も負けじと号外を出した。
『軍部省長官、日和見!経不足の軍部省長官、その適性の是非を問う! つに罷免か!?』
どちらも本来の号外の見出しはきっとユリナが強硬派宣言と予定していただろう。集会の後に泡を食って、もう刷ってあったものをすべて破棄しててんやわんやで修正したに違いない。記事に脱字が目立つ。どこぞの怪しい情報に踊らされて連中にはちょうどいい仕返しだ。
眠気と気だるさでやる気のない惰性の午後は消え去り、シロークのオフィスには和平派支持者と評議員たちが押しかけた。突然のことに彼も慌てふためいていた。
しかし、離れてしまったものはなかなか戻すのは難しかった。夜になりその日の騒ぎも収まったので改めて支持者の数を確認した。再びシロークへの票を確約した人数は、本来の半分程度だった。それにこれは絶対的なものではない。俺たち自身が一度返しかけてしまった掌に再び乗ってもらうという、裏切りの上にあるものだからだ。これではまだ確実に当選はできない。
だが、俺たちは和平への可能性を再び見出すことができたのだ!
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