アトラスたちの責務 第五十四話
「これからも末永く世界を支えていく私たちトバイアス・ザカライア商会とヴィトー金融協会の良好な関係を維持する為に、今後ともルードでの取引の継続と、新通貨発行に際し広範囲での取引円滑化を目的とした資金の無利子での貸し付けをお願いしたいのでございます」
意外とあっさりしている。先頃私たちヴィトー金融協会が行った主軸通貨の変更については何も言わないのか。
しかし、ルードの弱体化を自ら招いておきながら、その反省の言葉も無しにルード通貨での取引を継続しろとよくもまあ言えたものだ。
交渉において下手に出るのは策が無ければ敗北を意味するのは理解出来る。だが、それはあまりにも。
だが、この話し合いが上手くいかなければ、仮に今ラビノビッツが要求してきたとおりにならなかったとしても、何らかの落とし所を見つけて円満に終わらなければ、私は受け継いだかもしれない父上のあの力が見せてくる背筋を凍らせるような未来が訪れてしまう。
「ほう、主軸通貨を元に戻せとは言わないのか」
父上はラビノビッツの隠された本音へと容赦なく切り込んだ。
「左様でございます。時代には流れがあるとしばしば言われますが、実際は時代そのものが流れなのです。流れの中で絶えず物事は磨かれていくものです。そして磨き抜かれた現在の形が、ユニオンの新通貨と言うことなのです」
耳障りの良い言葉で誤魔化されている様な気分だ。しかし、意外にも父上はラビノビッツの話を聞いて笑顔になっている。
「とても大事な話だな。遠路はるばるユニオンに来てまで伝えてくれた。国境を秘密裡に越えるのはさぞ危険な道程だろう。確かに、これは人間・エルフ共栄圏における経済の命運を左右する重要なことになるだろう」
「では、前向きに検討していただけるということでよろしいのですね。では早速具体的なお話しに移ると致しましょう」
ラビノビッツは初めて自然な笑顔を見せた。だが、どこか阿漕で慢心したような顔にも私には見えた。
しかし、これで話は前向きに進むかもしれない。私はどこか肩が降りるような気がした。
「しかし、そのような大事な話を、何故君が……誰だったかな、がここへ来て話しているのだ?」
だが、雲行きはすぐに怪しくなった。父上を苛つかせると言うような、今までのそれとは違う暗雲が立ちこめてきたのだ。




