アトラスたちの責務 第五十三話
父上は眼瞼をひくつかせた。繰り返すが、父上は我がヴィトー家を貴族階級のさらに上、王侯や皇帝よりも上の存在だと考えている。そして時間の無駄を嫌う。自分との話合いにもかかわらず、勝手に話のベクトルをレアの方へ向けたこと、そして、主題とは関係の無い話――それこそ世間話さえも――をすることに対して憎悪を抱くのだ。
「その節はご迷惑をおかけいたしました」
レアはラビノビッツとは目を合わせず「この面会の主役は私ではありません」と抑揚のない声で言った。父上が自分をどういう存在であるかと認識しているかを、レアもよく分かっている。必要なことは言わずにすぐに切り捨てた。
このままではまずい。またしてもまずい方向へと向かっている。父上が取引を拒否すると言いかねない。出来たはずのものが出来なくなってしまう。
レアの機嫌もあまり良くない。使者がまさか自分を拘束していた者の身内だなどと思いもしなかったはずだ。
後で多少なり父上に怒られたとしても、この場は私が回さなければいけない!
多少なりの犠牲で済むなら私が出なければ!
「そうですね」とやや声を張って割り込んだ。声が裏返ってしまった。
「ところで、ロジェ頭取、私は急遽この場にいるように仰せ付かったので、面会の内容を聞かされていなかったのですが、いったいどのようなご用件なのでしょうか?」
私はレアとラビノビッツを無理矢理引き剥がし、苛ついた様子を見せ始めた父上のほうへ話を向けた。刹那にラビノビッツは私を睨みつけた。
父上は機嫌を取り戻したのか、目を見開いて私の方を見た。
「そうだな。カミーユには急な話だったな。だが、私も目的は聞いていないのだ。是非さっさと教えていただけないかな?」
父上が目的を聞いていない? どういうことだ?
疑問はあった。だが、父上のバトンを奪うわけにはいかない。様子を覗うしかない。
父上は穏やかにラビノビッツに言うとラビノビッツは「はい」と笑顔で大きく頷いた。
「これはとても大事なお話しです。人間・エルフ共栄圏の未来を左右するやもしれません」
まるで吟遊詩人が英雄譚を語る前口上を述べるようにそう言った。
ご託は良いからさっさと言え。私まで苛ついてきてしまった。




