アトラスたちの責務 第五十話
「それこそ、臨機応変に、ですよ」とレアは片目をつぶった後に続けた。
「主軸通貨の変更に伴ってトバイアス・ザカライア商会も対応を余儀なくされたのでしょう。
私は裏で商会との関わりを断ちきらなくて本当に良かったと思います。私の仲介が無ければ、今回のようなロジェ・ヴィトー金融協会頭取直々に商会の代表者との面会など実現できませんでしたからね」
「出来なかったらと思うと……ぞっとしますね。そういえば、トバイアス・ザカライア商会代表者はどちらにいるのですか?」
「色々と護衛の観点から、私がポータルを開いて直接連れてくることにしました」
「よくそれを父上が許可しましたね。ドサクサで懐に軍勢を乗り込ませてくる可能性もありませんか?」
「いえ、むしろ逆ですね。移動魔法のポータルを使わずに自らの足で直接商会の商人を来ささせてしまえば、それを今後の足がかりにされてしまいます。カルデロンによって保たれていたユニオンの独立的市場が崩壊しますからね」
「なるほど、確かにそうですね」
「最初はもちろん、商会側は『そちらのお手を煩わせるわけには行かないので直接伺う』と言って聞かなかったのですが、協会も『移動魔法を使えばすぐに結論が出せるし時間的な遅延無く伝えられる』と返したそうです。なかなか商会が折れずにいると協会は『そちらは頭取との面談が主たる目的ではなく、侵略の足がかりが目的のようだ。こちらの要求が受け容れられないなら、面会は無しとする。なお、時間的余裕もないので、これを最後通牒とし、肯定的な返事以外は無視する』と強気に出たら折れたそうですよ」
侵略の足がかりとはっきりと言われても怒り出すことなく面会の条件をのむと言うことは、商会はだいぶ焦っているようだ。
しかし、父上が直々に若干急な面会の申し出にすぐに了承したと言うことは、商会との取引には応じる用意があるとみて良いだろう。
「ところで、レア」と呼びかけると、レアは小首をかしげて覗き込んできた。
「あなた自身は、今後再会されるであろう協会と商会の取引には賛成なのですか?」
思い切ったことを聞いてみた。前向きであるという雰囲気を感じているからこそ、ここまで軽い気持ちで聞けたのだ。
「私は答えられませんよ」と困ったように笑った。
「新商会ベッテルハイム・ハンドラーは小規模とはいえ、私はそこの会長。従業員を飢えさせるわけにはいきませんからね。そのときそのときの判断によるでしょうね」
「はっきりとは言えない立場になったのですね。分かりますが、少し遠くに行ってしまったように感じますね」
「私は経営者ですからね。でも、遠くだなんて、そんな。あなたは今も昔も、こうして側にいるじゃないですか。そうそう、カミュ、あなたも面会の場にはいてください。そちらの方がよりスムーズに話も進むでしょう。あなたのお父上、ロジェ・ヴィトー氏も気持ちに余裕が出ると思いますよ。相手方もあなたが同席されることを望んでます」
やはりレアは取引には前向きなのだろう。私がいればフォローが出来る。より前向きな方へ進んでいるのだと確信した。
国境警備兵の詰め所の駐車場にブラッククラスのアルバトロスが駐まっていた。
窓ガラスは真っ黒であり、おそらく車体もブルゼニウム製だ。魔法に対してはイズミのあのコントロールしていない暗黒魔法弾をまとも喰らなければ壊れないほどに無敵であり、物理的にはユリナが本気で殴るくらいまでは耐えられるものだろう。
愛想の良さそうなグレーのスーツの男が目を細めて「お待ち申し上げておりました」というとドアが開けられ、レアは屈み込むように車に乗った。
私もそれに続いて車に乗ると、程なくして低い重低音と共に振動が起き、景色が動き始めた。




